
ミスリードの連続により、最後の最後まで視聴者の関心を引き続けた『ハヤブサ消防団』(テレビ朝日系)。タイトルからしてにぎやかな人情喜劇でも展開しそうなものだが、実際には“ムラ社会”を舞台とした戦慄のミステリー作品だった。
参考:『ハヤブサ消防団』川口春奈演じる彩が明かした教団の真相 太郎との“理想の世界”へ
これまでにも多くの著作が実写化されてきた作家・池井戸潤による原作をベースとした見事な作劇ありきのドラマだが、これを実現させることができたのは力のある俳優が揃っていたからだ。本作でさらに株を上げた者もいるだろう。特に大きな注目を浴びたのは、第5話から登場した浜田信也なのではないだろうか。
本作は、スランプ状態に陥った作家・三馬太郎(中村倫也)が、自身のルーツのある山間のハヤブサ地区に移住したところからはじまった。社会生活に疲れた小説家が都会の喧騒から距離を取り、穏やかな心を取り戻すための田舎暮らしが描かれるものだとばかり思っていたが、そうではなかった。彼の生活に何かと干渉をしてくる地元の消防団の男たちとの交流がはじまり、太郎も消防団の一員となるのだ。
かといって本作は、消防の仕事にフォーカスした“お仕事ドラマ”でもなかった。ハヤブサ地区では放火事件が相次ぎ、やがてひとりの住民の死体が川から上がることに。さらにはどこかミステリアスなところのある女性が太郎の前に現れ、胡散臭い笑みを浮かべる太陽光発電企業の営業担当の人間がハヤブサ地区をうろちょろ……。こういった展開が続き、本作はころころと表情を変えていったのだ。そしてこれらをひとつにつなぎ合わせる役目を果たしたのが、浜田信也が演じる杉森登だった。
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このドラマはすべての登場人物に何かしらの怪しげな点が用意されており、これをどの俳優も絶妙なバランスで表現してみせていた。消防団の一員を演じた生瀬勝久をはじめとする演劇畑出身者たちのかけ合いには非常に魅せられたものである。しかし“怪しげ”なだけならばまだいいが、太郎が恋する女性が社会から危険視されていた新興宗教団体・アビゲイル騎士団の信者であったことや、その後継団体である聖母アビゲイル教団に消防団員のうちのひとりが入信していたことが発覚。ここまでくるとさすがにヤバい。そんなどいつもこいつもがヤバいなか、“ホンモノ”として現れたのが“浜田信也=杉森登”だったのである。
杉森は聖母アビゲイル教団の弁護士であり、ハヤブサ乗っ取りを画策していた彼こそが実質、組織のトップだ。どんなときでも絶やすことのない不敵な笑み、たびたびアップで映し出される大きな目、聞く者を妙に落ち着かせる声ーー浜田の演技がクセになったという方は少なくないだろう。物語中盤からの登場でありながら、彼は完全にこの作品を自身のパフォーマンスによって支配していた。キャラクターのカリスマ性(=濃厚さ)からいっても、もっと出番が多ければ完全にほかの登場人物を食っていたことだろう。「主役を食う」というのは俳優として褒められたものではないと思うのだが、この“浜田信也=杉森登”には特別にそれが許されていた。結果として彼のほうが敗北したわけだが、これは作劇と演出がそうなっていたからだけのことである。
なぜこんなにも浜田はこの役どころにハマったのだろうか。演劇の世界に軸足を置く彼の姿を知っている方ならば、むしろこんなにもベストなキャスティングはないものだと思ったはずだ。浜田といえば人気劇団イキウメの看板俳優。イキウメは、私たちが日常的におぼえる漠然とした違和感や恐怖などをモチーフとし、“センス・オブ・ワンダー”を描く劇団だ。そこには当然のように、現実からかけ離れた言動をとる人物が登場する。つまり浜田は、2004年にイキウメに参加してからというもの、絶えずこの手の作品に取り組み、演じてきたのだ。技量やセンスが必要とされるのはもちろんだが、やはり何よりも経験値こそが『ハヤブサ消防団』での杉森役の妙演につながったのではないかと思う。
俳優・浜田信也の映像作品への参加はそこまで活発ではないため、本作で彼の存在を認識した方は多いようだ。『風間公親-教場0-』(フジテレビ系)にも『ラストマンー全盲の捜査官ー』(TBS系)にもキーとなる役どころで出演してはいるものの、いずれも1話のみのゲスト出演だ。公開中の映画『遠いところ』でも出演シーンはごく短い。『ハヤブサ消防団』ほどの出番があってようやく存分に力を発揮できたわけだ(もちろん、出番の多寡に関係なく彼は各作品を支えてきた)。これを機に、映画やドラマでの活躍の機会もぐっと増えるのではないだろうか。少なくとも、ラブコールは止まないはずである。
(文=折田侑駿)