
関係性は、距離が離れた時に見えるものかもしれない。『転職の魔王様』(カンテレ・フジテレビ系)最終話直前の第10話は、千晴(小芝風花)と“魔王”来栖(成田凌)の出会いのエピソードが描かれた。
参考:引きこもりに光を当てる『転職の魔王様』 石田ゆり子が演じた大人のラブストーリー
別れは不意にやってくる。いつかこんな日が来ると頭で理解していても、いざその時が来たら平常心を失ってしまう。千晴にとって、来栖の大阪赴任はまさに青天の霹靂だった。キャリアアドバイザーの仕事を覚え、求職者一人ひとりと向き合う中で、少しずつ結果が出始めていた千晴。来栖の手を借りながらではあったが、このまま順調に進めば、一人前のキャリアアドバイザーとして認められる日も近い。その矢先、耳にした大阪支社の設立。責任者として白羽の矢が立ったのは来栖だった。
キャリアの転機が向こうからやってくることもある。それは求職者の矢吹健一(高橋光臣)にも言えることだった。きっかけは妻のなにげない一言。矢吹の妻・江美里(大西礼芳)は、友達の家の様子を矢吹に聞かせる。家族旅行や子どもの習いごと、2人の娘の父親である矢吹には、その一つ一つが耳に刺さる。どうにかしてあげたいけれど、今もらっている給料では無理だ。
給料を2倍にしたいが矢吹の希望条件で、そのためなら未経験業界にだって飛び込むと意気込む。来栖抜きで、担当アドバイザーとして面談に臨んだ千晴は、最初は緊張していたが、徐々にいつもの千晴に戻って真摯に求職者に寄り添った。その甲斐あって、矢吹は見事内定を得ることができた。しかし、思わぬところからストップがかかった。
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私たちは1人で働いているわけではなく、支えてくれる家族や温かく見守ってくれる上司、得意先やライバル、さまざまな人との関わりの上で仕事は成り立っている。働く人とその周りの人々はある種の運命共同体だが、つい相手のことは忘れがちだ。劇中で夫の転職に反対する江美里が「嫁ガード」なる言葉で乱暴にくくられていることに違和感を抑えられなかった。
自分が大事だと思うものを、相手が望むとは限らない。当たり前のことなのに前提がないがしろになって、いちばん大事な人を傷つけてしまう。良かれと思ってしたことが、最悪の事態を招く。誰もが経験する落とし穴に矢吹ははまってしまい、矢吹の状況を見抜けなかったことで、千晴は自分自身を責めることになった。
千晴を救ったのは魔王だった。おそらくいざと言う時のため、胸の奥にしまって言わないでおいただろう出会いのエピソードを、来栖は取り出して広げてみせた。まだ社畜ではなかった千晴が、魔王と呼ばれる前の来栖を励ましたあの日。「私、晴れ女なんです」と笑う千晴は、「やまない雨はない」という言葉を目の前で証明した。それは偶然の自然現象だったが、打ちひしがれていた来栖の顔を上げさせる力があった。
来栖が千晴を思う気持ちは、根底に特別な感情があると気付いていたけれど、親密さより敬意をもって、相手を突き放して奮い立たせる言葉だったのは、来栖の中で恩人である千晴を助けたいという強い決意があったから。来栖の期待を上回る速度で千晴は成長し、安心して見ていられるキャリアアドバイザーになった。ただ一つ、足りなかったのは自信だけ。実はそれも千晴はすでに持っていて、来栖は、自分を救ってくれたことの感謝を伝える中で、千晴本来の笑顔を取り戻すことができた。
出会いは人生を変える。来栖と千晴の出会いは本作の核心をなす重要なものだった。一人立ちした千晴は、今度は同僚として来栖と向き合うことになる。
(文=石河コウヘイ)