
NHK連続テレビ小説『らんまん』第25週は、時代が1923年(大正12年)に。1862年(文久2年)生まれの万太郎(神木隆之介)は60代となった。髪は白髪混じりになって、少し年齢を感じさせるものの、植物を探して野山を歩いている姿は青年期から変わっていない。まだまだ植物に対する好奇心、探究心は衰え知らずのようだ。
主人公の人生を約半年間かけて描いていく朝ドラでは、ひとりの俳優が青年期から老年期までを通じて演じることが多い。たとえば、『らんまん』と同じく男性を主人公とし、窪田正孝が昭和という激動の時代の中で人々の心に寄り添う数々の曲を生み出した作曲家・古関裕而をモデルとした古山裕一を演じた『エール』(2020年度前期)や、神木と同世代の杉咲花が上方女優の浪花千栄子をモデルとした竹井千代を演じ、戦前から戦後の大阪で貧しく生まれた少女が女優を目指す生涯を描いた『おちょやん』(2020年度後期)が一例として挙げられる。『らんまん』を含め、これらの作品の特徴は、俳優たちにあまり“老けメイク”などを施さず、老年期になっても極端な老いを出さないこと。そのため、ぱっと見た感じの主人公たちは実際の年齢、2~30代の年相応の若さを保っているように感じられる。だがその演技には、円熟し始めた年代の風格が感じられる。
『エール』での裕一は、戦争が終わり、日本全体が復興と経済成長を遂げていく中で開催される東京オリンピックのオープニング曲を依頼される。開催まであと1年となったにも関わらず、作曲に取り掛からない裕一を妻の音(二階堂ふみ)は心配するが、裕一は「大丈夫、任せて。ちゃんとここにあるから」と頭を指した。その時、裕一は作曲を始めるには「何かが足りない」と悩んでいたようなのだが、大人にはちょっとした強がりもたまには必要だ。音に見せた堂々としたそぶりは、“大人の所作”のひとつだろう。その後、裕一のために集まってくれた仲間たちを温かい目で見つめながら、裕一が音には抱えていた思いを正直に話すところも、夫婦の深い絆が感じられた。
『おちょやん』の千代は、40代半ばに差し掛かった頃、継母の栗子(宮澤エマ)から千代の姪に当たる春子(毎田綾乃)を育てて欲しいと頼まれる。千代は、子を育てたことがなかったが、春子が成長する姿は離婚や最後の舞台での辛い経験が原因で、いろいろなことに二の足を踏んでいた千代に力を与えた。そして、千代と春子は養子縁組をして正式に親子になった。春子の登校を見守る千代は、女優として一世を風靡していた頃のエネルギッシュなところは少なくなったが、その分、ゆったりした動作、深みのある声、そして春子を見る優しい眼差しを見せ、守るものができた母の姿になっていた。
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このように、それまでの様々な経験が滲み出てくる人生後期。果たして『らんまん』の万太郎はどのような表情を見せてくるのだろうか。毎日のように観ている私たちにとっては、ずっと変わらないように思える万太郎だが、千歳(遠藤さくら)や百喜(松岡広大)ら子どもたちと比べると、その顔には野外活動のおかげで出来たのであろう、細かいシミがあちこちにあってこれまで過ごしてきた長い年月を感じさせた。
だが、少し年老いてもパワフルな万太郎は健在。万太郎のモデルとなった牧野富太郎はなんと94歳まで生きていたという。ということは白髪混じりになったとはいえ、まだまだ万太郎の人生は長い。植物学の権威といえるくらいの地位にあり、本人が望めば安定した生活も出来ただろうに、これからさらに新しい挑戦を始めようとするその姿は、大正というよりも現代の元気な60代のようだ。もう終わりが見え始めている『らんまん』だが、万太郎の冒険は続いていく。もう少しの間、それを楽しみにしていたい。
(文=久保田ひかる)