
『どうする家康』(NHK総合)第35回「欲望の怪物」。秀吉(ムロツヨシ)は母・仲(高畑淳子)を、家康(松本潤)の上洛と引き換えに人質として岡崎へ送った。秀吉は家康を歓待する。秀吉は猿芝居を打ったり、寝たふりをしたりと相変わらず真意が掴めない人物ではあるのだが、妻の寧々(和久井映見)や弟の秀長(佐藤隆太)の前ではしゃぐ姿は本心のように思えた。家康は大阪をたつ前夜、豊臣家臣一の変わり者と呼ばれる一人の男と出会う。その男は豊臣一の切れ者と名高い石田三成(中村七之助)だった。
第35回は、天下一統に飽き足らず、日本の外にある国をも切り取らんとする秀吉の底知れぬ欲望にゾッとさせられる回であると同時に、秀吉の母・仲や石田三成、また物語終盤に父が本多忠勝(山田裕貴)であることが明かされた稲(鳴海唯)など、初登場となる人物が印象的な回でもあった。
特に、家康が最も戦いたくなかった男・石田三成を演じる中村七之助と、秀吉のとどまるところを知らない欲望に振り回される仲を演じる高畑淳子の演技は、初登場でありながら心射抜かれるものがあった。
豊臣家臣たちから変わり者と呼ばれる三成ははじめ、声をかけてきた家康に目もくれない。だが、家康が関心を示すと、眺める対象を星から家康に変え、真剣なまなざしを向ける。三成を演じる七之助の演技で印象深かったのは、楽しそうに星を眺める家康に親近感を覚えたのか、家康を興味深く、そして嬉しそうに見つめていたことだ。
七之助と松本潤は学生時代からの親友であることが知られている。家康と三成を演じている2人の間柄もあってか、家康の反応を見た三成の口調や表情が少しずつほぐれ、距離を縮めていくさまはとても自然に感じられた。七之助演じる三成の魅力は聡明さだけではなく、肩の力の抜けた人柄にもある。三成は家康が「徳川中納言殿」であることを知らず、「気が合いそうでござるなあ。いずれのご家中のお方で?」と問いかけ、秀長から叱責される場面はコミカルだが、そのリラックスした物言いは心に残る。その後も三成は家康に屈託のない笑顔を向け、星の話で盛り上がっていた。
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「気が合いそうでござるなあ」の台詞に違わぬほどに2人は打ち解け合う。三成は家康の家臣たちに「殿は戦の話などではなく、ああいう話がしたかったお人なんじゃな……」と言わしめるほど、家康の朗らかな笑顔を引き出した。三成と家康は七之助と松本の関係同様、親友となってもおかしくないほど相性がいいのだろう。だが、2人はのちに「関ヶ原の戦い」で敵対関係となる。本作の脚本家・古沢良太は2人の関係をどのように描いたのか、気になるところだ。
もう1人、初登場となる人物で印象深いのが秀吉の母・仲である。娘の旭(山田真歩)が出迎えると「あ~! 旭、来てくれたんか」と声をあげ、嬉しそうに手を取る姿から、旭同様、純朴な人柄であることがうかがえる。自称「色男」の大久保忠世(小手伸也)が丁重に出迎えるが、仲の目に留まったのは井伊直政(板垣李光人)である。直政の美しい顔立ちに見惚れる仲の表情は面白くもあり、愛おしくもあった。直政を気に入り、何かと直政を気にかける一方で、仲は自身の息子である秀吉に不穏さを感じている。
家康が務めを終えたことで、仲の人質としての役目も終わった。直政は「ようございましたな」と言葉をかけるが、仲は意気消沈し、「わしは、幸せなんかのう……」と呟いた。「大政所」と呼ばれる仲だが、実際には外を出歩くことも許されず、大きな城の端にある小さな畑で野菜を育てているが、息子の都合で人質に差し出される。そんな立場に置かれている仲は「帰りたないのう……」と言う。険しい面持ちの仲が口にする言葉から、秀吉の恐ろしさが伝わってくる。
「ありゃ、わしの息子なんかのう?」
「ありゃあ、何者じゃ? わしゃ、何を生んだんじゃ? とんでもねえ化け物を生んでまったみたいで、おっかねえ……」
仲を演じる高畑の怯えた顔つきからは、十やそこらで家を出ていった息子・秀吉の変貌に戸惑い、彼の欲望に振り回され、あきれ、くたびれている様子も感じとれた。仲は忠世の方へ振り返ると、ひどく怯えた表情で忠世の方に手を伸ばし、こうも言う。
「誰かが力ずくで首根っこを押さえたらんと、えれえことになるんだないかのう……」