もともと「ひとりホテルステイ」がお好きだったと話す、作者・マキヒロチ先生。
マキ先生の作品といえば、『いつかティファニーで朝食を』『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』なども含め親近感のあるキャラクターが魅力ですが、そこに込められた想いとは何か。話を聞くと『おひとりさまホテル』を描く上でのこだわりにも気づくことができました。





















ホテルの良さは「感覚的に見る」

マキ:「一人でホテルに泊まってみたいけど、子どもがいるから難しい。だからこの漫画で追体験的に楽しめる」といった感想をみたことがありますね。あとはライブ配信をやったときに「(この漫画をきっかけに)ホテルに行きました」という方も。
――確かに、ひとりホテルステイを追体験できるのも、『おひとりさまホテル』の魅力ですね。出てくるホテルがどこも魅力的で、行ってみたくなります。
マキ:『おひとりさまホテル』には主要キャラが4人いて、それぞれ好きなホテルがあるんです。ラグジュアリーホテル、アートホテル、クラシックホテル、リーズナブルなライフスタイルホテルなど。1冊にワンチョイスずつホテルを盛り込むようにしています。
今後はメインの4人以外のサブキャラクターも増やしていくことで、紹介するホテルの幅を広げたいですね。昭和ラブホテルとかビジネスホテルとか。まだまだ素敵なホテルがたくさんあるので、いろいろなホテルを紹介していく展開にしていきたいです。『いつかティファニーで朝食を』のときも、サブキャラが朝食巡りをしていく展開にしたら好評なキャラがいたので、今作でもそんなキャラが生まれたらいいなと思っています。
――マキ先生はこれまでも、漫画を描かれるにあたってたくさんの取材を重ねてこられたと思います。ホテルを見るポイントってどんなところですか?
マキ:私は割と、感覚的に見るタイプかもしれません。直感的に「このホテル好きだな」「あんまり居心地良くないな」とか。
具体的に言うと、お手洗いが寝室に近すぎるとちょっとイヤ、どこにでもあるサービスは目新しさがない、アメニティが「どうぞご自由にお取りください」スタイルは微妙、とか……。独自の見る基準があるかもしれないですね。やっぱり、他ではあまり見ないサービスがあるホテルのほうが、漫画にも出しやすいですから。
この感情も無駄じゃなかった、と思ってほしい
――『いつかティファニーで朝食を』『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』なども含め、マキ先生の描かれるキャラクターはとても親近感がありますよね。キャラクターをつくるときに気をつけていることがあれば教えてください。マキ:『いつかティファニーで朝食を』のときは、明確なモデルがいました。今回の『おひとりさまホテル』では、原案のまろさんを若葉ちゃんというキャラクターのモデルにしているんですが、それ以外のキャラクターは、より多様性を出したいなと。
外国人の女の子、ゲイの男の子など、いろいろな立場の人たちがいろいろな種類のホテルに泊まっていく様を描きたい、と思ったんです。
――『おひとりさまホテル』2巻は、とくに社会的なテーマが盛り込まれているように感じました。漫画を描かれるにあたって、実際にあった話や、友人からのリアルな体験談を盛り込むことも多いそうですが?
マキ:多いですね。友人から、最近あったイヤなことについて聞いているうちに「この子がこんなに頑張ってるのに報われないなんておかしい、ただの一日のように過ぎて終わっていくのはイヤだ」って正義感みたいなものが生まれて。「こういう悲しい感情があったんだよって、誰かに知ってほしい」……そんな気持ちで描いている部分もあります。その子がこの話を読んで、「この感情も無駄じゃなかったんだ」って思ってくれたらいいな、って。
一人で過ごす心地よさ、大切な人と過ごすあたたかさ
――『おひとりさまホテル』では、それぞれのキャラクターの心情はもちろん、ホテルのスタッフさんとのやりとりも丁寧に描かれていますよね。マキ:一人だからこそ、スタッフさんに気にかけてもらえる、サービスしてもらえる楽しさを集中して感じられる部分があると思います。ホテルで働いていた友人も「お客様のことを考えるのが楽しい」と話していました。一人だけど、孤独ではないんですよね。
今後出版される3巻収録予定の「W大阪」というホテルも、お料理の説明やパフォーマンスが楽しめたり、一人でバーにいたらスタッフさんが話しかけてくれたりと、一人でも楽しめるホテルです。
星野リゾート代表の星野佳路さんも、「おひとりさま大歓迎」とお話されていて。星野リゾートはアクティビティも充実していますから退屈しないですし、一人でも楽しめるサービスを考えてくれているんだな、と感じます。そんなホテルがどんどん増えてくれたら、嬉しいですよね。
――これまでマキ先生が泊まったなかで、もっとも感動したホテルはどこですか?
マキ:山口県の大津島にある「只只」という宿です。一日一組限定の宿で、海を一望できるデッキがあるんですよ。ほかのお客さんを気にせず、船が横切るのを見ながら五右衛門風呂に入れます。なかなかアクセスが良いとは言えないし、お値段もおひとりさま向きではないので、まだ漫画では紹介できていないんですが。
――あらためて、マキ先生の思うホテルステイの魅力について教えてください。
マキ:やっぱり私は、ホテルの魅力=サービスだと思います。おもてなしが素敵だと、良い気持ちで旅をスタートできるじゃないですか。お部屋にあるウェルカムスイーツやドリンクなども、地元を表現しているものだと魅力的に感じますね。
最近は宿泊代も高騰している関係で、ひとりホテルステイもお値段の面がネックですが……30代~40代以降の、自分が稼いだお金の範囲でいろいろと選びとるのが楽しい、そんな風に思い始めた世代に響いてくれると嬉しいですね。
【マキヒロチ】
第46回小学館新人コミック大賞入選。ビッグコミックスピリッツにてデビュー。リアルな人間模様を描いたストーリー漫画から、時計専門漫画、ギャグエッセイなど幅広いジャンルで活動中。著作に『いつかティファニーで朝食を』『創太郎の出張ぼっちめし』(いずれも新潮社刊)『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』『SKETCHY』などがある。
<取材・文/北村有>
【北村有】
葬儀業界を経て2018年からフリーランス。映画やドラマなどエンタメジャンルを中心に、コラムや取材記事を執筆。菅田将暉が好き。