
「自分がしたいことをやっているだけ」な父親への拒否反応
発売中の雑誌『SWITCH Vol.41 No.9 特集 ジブリをめぐる冒険』では木村拓哉へのインタビューが掲載されており、父・勝一という役に向かうまでの試行錯誤や、作品のメッセージの読み解きがとても興味深いものになっている。木村拓哉は自身が演じるキャラクターをこう分析する。「結局、勝一は眞人(息子)の気持ちを考えていないんです。息子を気にかけているように見えるけど、こうしたら息子が喜ぶだろうなという視点がない。あくまで自分がしたいことをやっているだけなんです」
まさにその通りで、勝一は「学校なんて行かなくていい。どうせろくに授業もしていないんだから」と言うなど、一方的な“善意”を息子に押し付けてくる父親だ。
何しろ木村拓哉の声そのものがヒロイックに聴こえるため、今回のように「相手の気持ちを聞こうともしない」「自分に酔っている」ようなナルシスティックな言動と組み合わさると、良い意味で強烈な拒否反応を起こさせるというのは意外でもあり、同時に納得できたのだ。
『ハウル』での「騙されそう」になる魅力とのギャップ

ハウルはいかにもな美青年だが、「掃除も大概にするように、掃除婦さんに言っといて」と少し嫌味を感じさせるセリフも口にしていて、髪色が変わるとヒロインのソフィーへ声を荒げたうえで、「もう終わりだ……美しくなかったら生きていたって仕方がない……」とまで言ったこともある。
こちらも木村拓哉の声そのものがカッコよく、つい「騙されそう」になる魅力があるからこそ、些細なことで絶望する演技とのギャップが際立っている。
この時のハウルの言葉は、ソフィーを「私なんか美しかったことなんて一度もないわ!」と怒らせるし、それにはやはり共感できる。『君たちはどう生きるか』の勝一と同様に「自分のことしか考えていない」キャラクターを、木村拓哉は見事に表現できるのだ。
カリスマ性とともに、虚勢や情けなさも感じさせる

現在はAmazonプライムビデオで配信中の『レジェンド&バタフライ』で木村拓哉が演じた織田信長も、それこそがハマり役になったいちばんの理由だった。
『君たちはどう生きるか』の勝一も、『ハウルの動く城』のハウルもまた、自分本位の考え方をする、自意識過剰とも言えるキャラクターであるのだが、やはりカリスマ性とあわせて虚勢や情けなさをも感じさせる声と演技のバランスがあってこそ、「それだけでない」複雑な内面がうかがい知れるのではないか。
宮崎駿「父のことを思い出しました」
木村拓哉は『君たちはどう生きるか』のスタジオに到着した時、宮崎駿監督から勝一は自身の父親をイメージしていると聞いていて、アフレコ終わりには宮崎駿から「父のことを思い出しました」と声をかけられたそうだ。『君たちはどう生きるか』はファンタジーではあるが、宮崎駿の少年時代が確実に投影されている作品でもある。同時に、主人公の少年・眞人が父親の勝一や、その再婚相手(しかも亡くなった母の妹)への拒否反応を含む複雑な思いを抱えたがゆえのドラマも展開する。
木村拓哉が演じる勝一の出番は決して多くはなく、アフレコ自体も2時間程度で終わったそうだが、その役柄は物語の発端に大きく関わる重要なものだ。
おそらくは、実際の父親にネガティブなものも含め複雑な気持ちを抱えていたであろう宮崎駿が、木村拓哉の声の演技を聴いて「父のことを思い出しました」と言うのは、最大級の賛辞だろう。
前述した通りの良い意味での拒否反応も含めて、ぜひ劇場で木村拓哉の“らしさ”にも聴き入ってほしい。
<文/ヒナタカ>
【ヒナタカ】
「女子SPA!」のほか「日刊サイゾー」「cinemas PLUS」「ねとらぼ」などで映画紹介記事を執筆中の映画ライター。Twitter:@HinatakaJeF