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「いつか、彼と結婚できるかも…」淡い期待を抱きながら、不貞関係を続けた29歳女の顛末

東京カレンダー

ただ時間を知りたいだけなら、スマホやスマートウォッチでいい。

女性がわざわざ高級時計を身につけるのには、特別な理由がある。

ワンランク上の大人の自分にしてくれる存在だったり、お守り的な意味があったりする。

ようやく手にした時計は、まさに「運命の1本」といえる。

これは、そんな「運命の時計」を手に入れた女たちの物語。

▶前回:後輩に誘われ食事会に参加した32歳女。彼女を傷つけた男性陣の何気ない一言とは…



Vol.5 美幸(29歳)恋のけじめ
ショパール「ハッピーダイヤモンド アイコン」


パレスホテル東京のロビーラウンジに着いたとき、美幸はすでに疲れていた。

― はぁ…足が痛い。10センチヒールの靴なんて、たまにしか履かないからなぁ。

中高時代の同級生の結婚式に出席するために、美幸はここにやってきた。

去年ドルチェ&ガッバーナで買った総レースのブラックドレスに、普段は履くことのないWolfordのストッキング、そして、足元にはクリスチャン・ルブタンの靴を合わせたフォーマルスタイルだ。

素敵に着飾って結婚式に出席することは、独身で居続ける自分のプライドのようなもの。

美幸の姿を見つけた同級生の一葉(かずは)が駆け寄ってきた。

「美幸ー!久しぶり。元気だった?」

「一葉こそ、元気そう。どう?結婚生活は?」

中高一貫の女子校で6年を共にした一葉も1年前に結婚したばかり。

「フツーに楽しいよ。恋愛の時みたいなドキドキ感は薄れていくけどね」

「やだ、それ私からすると惚気に聞こえるよ?」

29歳の美幸は、ここ1年、友人の結婚式が続いている。

「美幸こそ、付き合っている人いるんでしょ?予定は?」

「まぁ、彼はいるけど…。彼との結婚は、まだ考えてない……かな」

美幸は何となく答えを濁した。

実は、美幸には、3年ほど付き合っている恋人がいる。

ルックス、優しく穏やかな性格、彼のすべてが好きだ。

3年経っても、時折胸が締め付けられるようなドキドキ感や、無性に彼に会いたくなる感情も失っていない。

これから先の自分の人生に、彼より好きな人は出てこないと美幸は思う。

でも、彼との結婚はない。


なぜなら、彼、翔太郎は妻帯者だから。

知り合ったのは、スポーツクラブ。



同じトレーナーにパーソナル指導を受けていたため、顔を合わせるうちに、世間話をするようになった。

外資系自動車メーカーのPRをしている美幸。商社勤務で海外出張の多い翔太郎とは、業界は違っても話が弾んだ。

出会った時は、既婚だと知らなかった。恋愛関係になるまで時間を要さず、そうなってからはもう歯止めがきかなかった。

世間の道理に反しているという自覚はある。

特に、今日みたいな友人の幸せな姿を見ると…。

親や兄弟、友達に祝福されている新郎新婦を祝福しながら、美幸は静かにため息をついた。

「美幸、二次会も行くんでしょ?」

一葉に聞かれ、我に返る。

「行きたかったんだけど、大事なプレゼンを控えてて準備があるから、披露宴終わったら帰るね」

美幸は残念そうに答えるが、早く会場を抜け出したかったのには理由がある。昨日、翔太郎から「話したいことがある」と連絡があったからだ。

「えー、そうなんだ。あ、今度さ、うちの夫の友人で紹介したい人いるんだけど、食事でもどう?今カレと結婚する気がないなら、一度会ってみない?かなりの優良物件よ」

昔から世話焼きの一葉らしい。

「そうね。時間が合えば、ぜひ」

美幸は当たり障りのない返事をした。



21時。

翔太郎が美幸の部屋にやってきた。

美幸は、部屋を整え、翔太郎の好きなワインを準備して、彼の到着を待っていた。

しかし、到着するなり彼が発した事実に呆然となる。

「妻に…子どもができた」

それは、美幸自身の何かを貶されるよりはるかに痛く、残酷な事実だった。

「別れ…ないとね…」

怒り狂って、手当たり次第モノを投げつけ、泣き喚く。あらゆる負の感情を剥き出しぶつけられたら、どんなにいいだろうと美幸は思った。

だが、一方で子どもができても、離れたくないと思っている自分がいる。

「私、あなたの1番じゃなかったって今、知ったわ」

そう言った途端、美幸の瞳から涙が流れて落ちた。

「1番、2番なんて考えたこともない。ごめんね、妻にどうしても子どもが欲しいと言われ、断れなかった」

翔太郎は、うつむき、美幸から目を逸らしたまま言った。

しばらく沈黙の後。

「僕にしてほしいことがあれば、できる限り聞くから言って」

そう言い残して、翔太郎は部屋から出て行った。



2ヶ月後。

美幸は住んでいたマンションを引き払った。

翔太郎とは、あの日以来会っていない。

LINEで別れる意思とともに、引っ越しを考えていること、ジムは解約したことを伝え連絡先はブロックした。



それから1年が経過し、美幸は30歳になった。

翔太郎との別れは突然すぎて、寂しさは時間の経過とともに募った。それを紛らわすように、仕事に打ち込み、友人からの誘いには積極的に出向いた。

今夜も一葉の紹介してくれたトオルと食事の約束があり、少しドレスアップして、「IL LUPINO PRIME TOKYO」までやってきた。

ベンチャー企業を経営しているトオルは、美幸より5歳上。これまで、何度かグループでの食事やバーベキューで顔を合わせている。

「ようやくデートの誘いに応じてくれたね」

「すみません、予定がなかなか合わなくて」

彼から何度も誘いは受けていたが、恋愛に前向きになれずにいた美幸。

トオルから「男友達の位置付けでいいよ」と言われ、その言い方がなんとなく可愛く思えて食事をOKした。

「いつもオシャレだけど、今日は特別に素敵だなぁ。特に腕時計、グラスを上げるたびにキラキラして綺麗だね」

「ありがとうございます。これ、半年前に30歳の記念に買ったんです」

「それ、ショパール?」

トオル自身も、何かの記念に、腕時計やジュエリーを買い集めているらしく、興味津々に美幸の手元を見た。

「文字盤にサファイヤガラスが2枚セットされていて、その間に入っているダイヤがコロコロ転がるんです」

「素敵だね。どうして、その時計にしたの?」

アミューズをつつきながら、冷えた白ワインを飲んでいると、美幸は少し酔いが回ってきた。

「この時計は、30歳の記念もですけど、人生やり直すために、自分にプレゼントした時計なんです」


「どうやり直そうと思ったの?」

そこを突っ込まれると美幸は思っていなかった。

翔太郎とのことは、自分の中で封印し続けてきた事実。だが、トオルの人懐っこい笑みに後押しされ、美幸はあの出来事を語り始めた。

「ちょうど1年前、3年付き合っていた彼と別れたんです。彼は既婚者で、奥さんが妊娠したって伝えられて。

付き合い始めたときは、彼が既婚者だって知らなかったんですけど、わかった後も、なかなか別れられなかったんです」

「それは、辛かったね…」

トオルは黙ってうなづきながら、美幸の話を聞いていた。

「もしかしたら彼は奥さんと別れて私を選んでくれるかも、なんて淡い期待をしていたんですけど、いきなり強制終了になって…。

で、彼を吹っ切るために、プレゼントされたものは全部買取業者に引き取ってもらって、そのお金で、引っ越しました」

未練がないと言えば嘘になる。

あの時の美幸は、眠ることより、食べることより優先して、彼を忘れることに必死だった。

だが、ただ辛い日々をやり過ごし、ほんの少し前を向くことができるようなってきたとき、自分を応援するために、美幸は何か買おうと思った。

「アップルウォッチしか持ってなかったから、いい腕時計かアクセサリーを買おうって思ったんです。せっかくなので、幸せを呼ぶモチーフとか、石が使われているのがいいなーとか調べ始めたら面白くて…」

ファッショニスタのインスタや女性誌を調べまくっているうちに1ヶ月が経過していた。

そして、翔太郎のことを思い出す回数が少なくなっていることに、美幸は気がついた。

「あっ、私彼がいなくても生きていける、ってその時思いました。ちょうどその頃、誰かのインスタで見かけたショパールの腕時計の名前とデザインが素敵だなって思ったんです。

ハッピーダイヤモンドっていうんですけど。コロコロとダイヤが動く様子も可愛くて、なのに時計としての精度は高い。思わずこれ欲しい!と思って…」

ここまで話して、美幸は喋りすぎたことを後悔した。



「ごめんなさい。彼からもらったプレゼントを売るなんて、引きますよね…」

すると、トオルはおかしそうに笑い始めた。

「いや、別にそうでもない」

「えっ、本当に?」

トオルの意外な反応に驚いて、美幸は顔を上げた。

「僕の場合、会社を経営してるって理由で、僕に興味を持ってくれる女の子としか知り合ってこなかったから、今の話、なんか正直でいいなって思ったよ」





1ヶ月後。

美幸は、また「IL LUPINO PRIME TOKYO」に来ていた。過去の恋愛を告白したことで、お互いの距離が縮まり、美幸はトオルと付き合い始めた。

2人で食事をした後すぐ、トオルは友人たちとの集まりに美幸を誘った。友人たちから聞く彼の人柄や、話している様子を見て、美幸は「この人なら信頼できる」と思ったのだ。

翔太郎のときみたいに燃え上がるような感覚はないけれど、トオルと一緒にいると美幸は安心できるし、いつだって笑っている。

― 会うと楽しいし、心配することが何もない。こういうの、幸せっていうのかも。

「毎月このレストランに食事に来ようよ」

今夜も来て早々に来月の予約を取っていた。来月も私たちは一緒にいるのだと、美幸は気づく。

メインのステーキまで食べ終えた時、トオルがネイビーの小さな紙袋をテーブルに置いた。

「これ、プレゼント」

美幸は驚きながらも、それを受け取った。

中の箱を開けると、ホワイトゴールドに小さなペンダントヘッドが付いているネックレスが入っていた。

時計のベゼルのような円の中はガラスになっていて、中にはダイアモンドが1つ入っている。

「このネックレス、ショパールのハッピーダイヤモンド アイコンっていうんだって。腕時計と一緒につければ、幸せ倍増!」

美幸の瞳からみるみる涙が溢れてきた。

「ありがとう。私、本当に幸せ」


▶前回:後輩に誘われ食事会に参加した32歳女。彼女を傷つけた男性陣の何気ない一言とは…

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