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作家・凪良ゆうが語る、『怪物』が問いかけるメッセージ「分断が叫ばれる時代において、なにが私たちに大切なのか」

MOVIE WALKER PRESS

第76回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で脚本賞と、LGBT+やクィアなどを扱った映画に贈られる独立賞のクィア・パルム賞を受賞し、世界的にも注目を集めている『怪物』(6月2日公開)。

今回MOVIE WALKER PRESSでは、かねてから是枝監督と坂元の作品群を追ってきたという作家の凪良ゆうにインタビューを敢行。『怪物』を観た感想から、自作との関連性、是枝監督と坂元による共作に見出した創造の新たな地平まで、感じたことを前後編でたっぷりお届けする。

■「個々で解釈のバリエーションが生まれる映画だと感じました」

男女の恋愛物語を軸に、親の呪縛や子どもの無力さといった「家族」に内在する苦しさも描き、第20回本屋大賞を受賞した小説「汝、星のごとく」。誘拐犯の被害者と加害者が再会し、世間の冷酷な視線とはまるで違う特別な関係を結んでいく「流浪の月」など、人間の営みを圧倒的な筆力で書く凪良。是枝作品や坂元作品のファンであると言われると、多くを説明されなくても納得してしまうのは、作品の根底に共通する“なにか”を感じるからだろう。

『怪物』の舞台は、大きな湖のある郊外の町。平穏だった小学校で起きたけんかをきっかけに、息子を愛するシングルマザー(安藤サクラ)と生徒思いの学校教師(永山瑛太)、子どもたちの主張が食い違い、次第にメディアを巻き込むほどの大事へと発展してしまう。それぞれの視点から語られる、ある一つの事件とそれぞれの正義。俳優たちの名演や思いがけない展開にどんどんと引き込まれ、感情を大きく揺さぶられる。

凪良も「とてもおもしろく拝見しました。ですが、それをひとつの感想では言い表せない」と、物語の奥深さを体感したようだ。「小説で言うところの“行間”がある映画で、余白からなにを想像し、なにを思うのか、個々で解釈のバリエーションが生まれる映画だと感じました。伏線を回収して答え合わせをするような単純さではなくて、見た人それぞれで映画の受け止め方がぜんぜん違うだろうと。なので、映画の感想を話すときも、共感しあうというより『私はこう思ったけれどあなたはどう思う?』という議論が楽しくなる映画ではないでしょうか」。鑑賞した人の体験が物語の受け止め方に関わる本作は、鑑賞後に語りたくなるし、語り合うことで成熟していく。

その奥深い作品世界を彷徨いながらも、印象に残ったのが「子どもたちのピュアな演技」だったという。同じクラスになった麦野湊(黒川想矢)と星川依里(柊木陽太)。思いをうまく言葉にできない子どもの無力さと抵抗するように、2人は絶対的な信頼関係を築いていく。「大人たちが抱える物語が複雑で、重たい雰囲気がただようなかで、子どもたちの演技がものすごくピュアで、ストレートで、懸命に生きる姿が印象に残っています」。

■「是枝監督の子どもの映し方、今作も子どもたちの“目”がとても良かった」

子どもの演出といえば、是枝監督の代名詞。『誰も知らない』(04)で、当時若干14歳の柳楽優弥が第57回カンヌ国際映画祭で最優秀主演男優賞を最年少で受賞するなど、世界的にも高い評価を受けている。大人社会と対峙するように、子どもたちの無垢さや自由さが際立つ演技は映画を掌握する力があり、それは本作も同様だ。凪良も、是枝監督の子どもの映し方に引き込まれると話す。

「是枝監督の作品はとても好きで、特に子どもの映し方が記憶に残っています。今作も黒川さんと柊木さん、2人の目がとてもいい。大人と子どもの瞳の一番のちがいは、白目が澄んでいるかどうか。青みがかった白目には無垢であるがゆえの残酷なまでの強さと潔癖さ、一方で抵抗の手段を持たないがゆえの脆さが混在しています。是枝監督が撮る子どもの瞳にはそれらが鮮やかに映し出されていて、画面越しにじっと見つめられると、大人としてなにかを問い質されているような切迫感を覚えます」。

ほかにも、是枝監督の作品を追ってきたという凪良は、「世界的に評価されている『誰も知らない』や『万引き家族』も好きですが、私は是枝監督が描くなんの変哲もない日常の風景にすごく惹かれます。たとえば『歩いても 歩いても』は、あらすじだけを読むと、映画として成り立つのだろうかという一抹の不安さえ感じるかもしれない平坦さで、実際に大きな事件は起こりません。ですが、人間模様を丁寧に描写することで、一人一人の生活や生き様みたいなものがリアルに映されていくんだなと感じました。それは、坂元裕二さんの作品世界とつながる部分なのかもしれません」と、今作でタッグを組んだ2人の共通性について分析する。

■「是枝監督と坂元さん、互いの魅力が化学反応を起こしていて、“予想していた球”とは違うものが来た」

そんな凪良は、坂元の代表作のひとつであり、社会的なムーブメントを巻き起こした1991年のテレビドラマ「東京ラブストーリー」から坂元作品を追いかけているという。「当時は坂元さんのお名前はとくに意識せず、ミーハーな気持ちでドラマを楽しんでいました。ドラマをドラマとして楽しんでいただけなので、無意識に出会っていた」と当時を振り返る。

その後、年齢を重ねてドラマの脚本家にも注目するようになってきた時、いちばんにのめり込んだのが坂元作品だったと笑顔で話す凪良。「好きな作品名を挙げれば、キリがありません。『それでも、生きていく』『最高の離婚』『Woman』『大豆田とわ子と三人の元夫』…。特に好きな作品は『カルテット』ですね。坂元さんの作品はコミカルな描写を織り交ぜながらも、はらんでいるテーマが非常に重たい。その暗さやしんどさを、重いまま物語にしている作品の力強さもすばらしいですが、ユーモアと重々しさを絶妙なバランスで描いた『カルテット』は突き刺さるものがありました」。

数多、坂元作品と触れるなかで凪良が惹かれるのは、セリフの切れ味の良さ。「私自身もひとつひとつのセリフを大切に、小説を書いているのでその姿勢は坂元さんの作品に影響されたところもある」。なので、今作の変化に驚きを感じたという。「是枝監督と坂元さん、互いの魅力が化学反応を起こしていて、“予想していた球”とは違うものが来たと思いました。これまで評価されてきたことに甘んじていない、お互いにチャレンジをされたのではないかと。セリフにしても、キラーワード的なものをあえて使わず、語りすぎないように抑えている気がして、俳優さんの演技力や是枝監督の映像に託されている信頼感を感じました。ですが、何気ない描写から人物像が立ち上がっていき、物語として『どういうことなのか』考えさせながらも、先を期待させる脚本の力というのはさすがのひと言ですよね」と、2人の共作に新たな境地を見たと明かした。

■「分断がさけばれる時代において、なにが私たちに大切なのか語ってくれている映画でした」

今作のプロデューサーの川村元気は、是枝監督と坂元裕二が互いをリスペクトし同じものを見ているという印象から共作を願ったという。共に創作をするなかで、キャスティングが決まると当て書きが加えられて、人物像が豊かになっていく様を間近でみた是枝監督は「勉強になった」と振り返り、坂元も初めて「監督の現場だから言葉を変えてもらっても構わない」というスタンスで臨むことができたという。こういった製作エピソードを凪良は、「そうした尊重し合う関係こそ、分断の時代のひとつの可能性ではないのだろうか」と語る。

「いくら才能のある人同士が力を合わせたとしても、個性がぶつかりあってうまくいかないこともあります。もちろん、自分の作家性を最大限発揮して創作するのだけれど、お互いをリスペクトして、譲り合うことでこそ、新たな物語が生まれる可能性がある。分断がさけばれる時代において、なにが私たちに大切なのか語ってくれている映画でしたし、そもそも創作の背景が“怪物”を生み出さないためのひとつの道を歩まれていたんだなと思いました」と、『怪物』が問いかけるメッセージと現実社会を照らし合わせながら、その物語に浸っていた。

取材・文/羽佐田瑶子
 
   

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