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仕事をセーブし、息子の小学校受験に邁進するワーママ。本番当日の朝、予期せぬ事態に…

東京カレンダー

「私、小学校から大学までずっと同じ学校なの」

周囲からうらやまれることの多い、名門一貫校出身者。

彼らは、大人になり子どもを持つと、必ずこんな声をかけられる。

「お子さんも、同じ学校に入れるんでしょう?」「合格間違いなしでいいね」

しかし今、小学校受験は様変わりしている。縁故も、古いしきたりも、もう通用しない。

これは、令和のお受験に挑む二世受験生親子の物語。

親の七光りは、吉か凶か―?

◆これまでのあらすじ
名門一貫校・啓祥学園出身の果奈は、息子の翼を小学校から同じ学校に入れたいと考えている。翼の成長は順調。果奈は、啓祥学園小にこだわらず、翼の個性に合った小学校を選ぼうと決意する。

▶前回:自称イクメンの夫に、ワンオペ育児を任せてみたら…。数時間後、妻が心底あきれた理由



Vol.11 もう惑わされない


幼児教室の見学エリアにやって来た果奈は、周りの保護者に軽く会釈をすると、席に座った。

翼が大きな声で挨拶をしているのをほほえましく見ながら、考える。

― 私、どうして自分で自分を苦しめてきたのかしら?

お受験をする、と決めたその日から、果奈は心のどこかで啓祥学園の卒業生として恥じないふるまいをしなくては、と考えていた。

お受験も仕事も、完璧にこなす強い母。

その思いを汲んでくれる、優しい夫に利発な息子。

果奈はそんな家庭の青写真を勝手に思い描いていた。

―でも、何つまらないこと考えてたんだろう。目の前の翼をもっとよく見ないといけないのに。

果奈はいつもの通り授業の内容をメモしようとしたが、今日は翼を見て気がついたことを書き留める。

『声が大きく、目がキラキラしている』

― これからは、翼の長所をたくさん見つけていこう。その長所を伸ばしてくれる学校に行くことこそが私たちの目標だよね。

無意識のプライドを捨てて、果奈は今ようやく翼本人と向き合えている気がした。

小学校受験をする意味を考えてほしい、という先日の恩師の言葉もあり、果奈はようやく自分の思いに折り合いをつけられた気がした。

あっという間に授業が終わると、子どもたちが教室から出てくる。

保護者も何となく雑談をはじめ、待合室はざわついていた。

そのときだ。

「翼くんママ、今日の授業、すごく難しかったですね」

果奈が啓祥学園出身であることを教室中に広めたうわさ好きの母親が話しかけてくる。果奈は思わず身構えた。


その母親は、果奈に質問してくる。

「今日出てきた問題、啓祥学園の入試にも毎年出ているみたいですね、どんな対策してます?」

「対策は…皆さんと同じだと思いますよ。私はたしかに啓祥学園を卒業したけれど、息子が受けるかどうかはまだわからないんです。彼にとって良い教育の機会があれば良いな、と思っているだけで」

あらぬうわさを立てられては困ると思い、果奈は慌てて説明した。

「ええっ!翼くんママ、いつも険しい顔でメモとっているから、一族のプレッシャーみたいなのがすごいのかと思っていました」

うわさ好きの母親の言葉に、果奈は思わず笑ってしまう。

「なにそれ?そんなのがあるのは、ごく一部の人だけですよ。少なくとも、私はそんなプレッシャーかけられたことはないわ」

「そうなんですか?なあんだ。私、翼くんママは、別世界の人だと勝手に思っていました」

― あれ、この人、説明したらこんなに簡単にわかってくれる人なんだ。

果奈は、自分こそ相手を勘違いしていたかもしれないと反省する。見えない壁を取り除けた気がして、ほっとため息をついた。



次の月曜日、果奈は、職場の上司と面談していた。

子どもがいながら、管理職としてバリバリ働くスーパーマザー。

そうなろうと力業で時間をやりくりしていたが、もう限界が来ていることを、果奈は痛感していた。

だから光弘にも相談し、結局上司に、業務負担の調整をかけあってみることに決めたのだ。

ドキドキしながら男性上司の言葉を待つ。その反応は、思いもよらないものだった。

「いいんじゃない?キャリアアップなんて、1回ぐらい後回しにしても挽回できるけど、家庭はそうはいかないからね」

チームのみんなにも言っておいて、と上司が言い残し、あっさりと面談が終わる。

― あれ、『できない』って言うのは、こんなに簡単なことだったの?

果奈は、拍子抜けして上司の背中を見送った。

18時。

翼のお迎えに向かいながら、スマホにメモしたタスクを読み返す。

― そうだ、LINEグループに、お絵かきの上達方法が書いてあったわね。

『初等部受験生ママ集まれ!』のLINEグループチャットをスクロールしかけた果奈は、その手を止める。

今見るべきなのは、顔も知らない同窓生が交わす会話なのだろうかと疑問に思ったからだ。

― 私が信じるのは、自分の目で見たことだけ。

惑わされないよう、果奈はLINEグループの通知をオフにした。



あらゆるしがらみから解放された果奈は、翼のお受験に集中することができた。

母の手伝いのおかげもあり、気持ちに余裕を持つこともできている。



1つ上の学年の合格発表があり、翼が幼児教室で新年長になったと思ったら、すぐに4月に入った。

翼は、ついに年長になった。

授業の時間数も増え、土曜日は一日中幼児教室に入り浸る日々が続く。

そして、6月。

またしても学校見学会の季節がやってきた。

光弘と翼を伴って、果奈は再び啓祥学園の門をくぐる。

今年も、校長先生が立ち話程度なら、と挨拶の時間を作ってくれた。

「先生、お久しぶりです!今年も家族で参加させていただきました」

果奈が挨拶をすると、校長先生は、相変わらずの優しい表情で挨拶を返してくれる。

「翼さん、学校はどうでしたか?」

翼は目を輝かせながら答えた。

「図書館がすごく大きかったです!」

最近、1人で本が読めるようになった翼は、大きな図書館にすっかり魅了されてしまったようだ。

光弘が、緊張した面持ちで言う。

「昨年、先生から言われた通り、家族皆で小学校受験をする意味を考えました。

まだちゃんとした答えは出ていませんが、息子にとって、納得のいく結論が出せれば、と思います」

去年の果奈だったら、『もっと入学の意志をアピールして!』と光弘をせっついたことだろう。

しかし、家族の正直な気持ちを堂々と話してくれる光弘に、今の果奈は心から感謝していた。


「光弘、ありがとうね」

学校見学会の帰り、果奈がしみじみと言うと、光弘は照れくさそうに言った。

「なんだよ、いきなり。去年ぐらいからかな、果奈は家に仕事を持ち帰るのをやめただろう。

あれから俺も、自分に何ができるか考えるようにしたんだ。少しはポンコツパパ具合も良くなったかな?」

果奈は、笑って答えた。

「私だってポンコツママなのよ」

これから皆で成長すれば良い。

果奈はおおらかな気持ちで、帰り道の青空を眺めた。



翼の志望校選びは、思いのほか難航した。

翼の啓祥学園の図書館が好きだ、という気持ちと、インクルーシブ教育のある青桜小学校への興味に折り合いがつかず、結局のところ、第一志望校が2校できるような形に落ち着いた。

― どちらの学校にも入りたい。それが正直なところなんだもの、仕方ないわよね。

加えて「アンと同じ学校にも行きたい」という翼の気持ちを汲み、お茶の水女子大附属小の受験も決めた。

こうして、本格的な志望校対策に突入。

夏期講習が始まるころには、翼は入試問題レベルのペーパーも解けるようになり、幼児教室の先生からは「運動考査の対策さえ頑張れば、合格するだろう」と言われた。

― どうか、このまま順調にいきますように。

果奈は数ヶ月後に迫った入試本番を前に、祈るような気持ちでいた。





10月下旬。

果奈は久しぶりに彩香と会っていた。

お互いの子どもたちを寝かしつけた後、目黒にあるカジュアルなイタリアンレストランで待ち合わせ、ワイングラスを傾ける。

「果奈さん、神奈川の入試結果はどうだった?」

「なんとか補欠合格した…当日は散々だったけどね」

東京より日程が早い、神奈川の小学校入試。

当日、想定外の大雨が降っており、1時間前には学校の最寄り駅についておきたい果奈と、翼のヘアスタイリングをし直す、と言って聞かない光弘はけんかになったのだ。

「冷静に考えれば、1時間も前に行く必要なんてないし、髪の毛なんて駅のトイレで直せば良かったのよ…」

果奈が、がっくりと肩を落として「生ハムムース 竹炭のトスカーナパン」を見つめると、彩香がパンをとりわけながら笑った。

「第一志望校の受験に活かせばいいんじゃない?」

“暗黙の了解のハーフ枠”が絶対にあると確信している彩香は、ミッション系の女子校と、お茶の水女子に狙いを定めているようだ。

「お互いに頑張ろう。寒くなってきたから風邪、ひかないようにしようね」

2人はお互いの健闘を祈って乾杯すると、つかの間、お受験を忘れておいしい料理とワインに舌鼓を打った。





そしていよいよ、啓祥学園小の入試本番の日がやってきた。

吉祥寺の駅に着くと、母が井の頭線の改札まで見送りに来てくれていた。

「さあ、翼くん、行ってらっしゃい。思い切り楽しんでいらっしゃいね」

母は明るく言うと、翼の肩をポンとたたいた。

母のおかげで、果奈は仕事をやめることなくこの日を迎えることができた。

「お母さん、ありがとう。お受験が終わったら、一緒に温泉でも行こうね」

果奈は、短く感謝の気持ちを伝えると、啓祥学園行のバス停に向かって歩き出した。

啓祥学園の考査は、親子分離から始まる。

子どもたちが考査を受ける間に、親は面接を受けるのだ。

「どうぞ、こちらへお入りください」

“校長室”と書かれたドア表示を見て、果奈の緊張はピークに達する。

「校長室での保護者面接に呼ばれた家庭は、合格の可能性が高い」なんてうわさを聞いたことがあったからだ。

― 翼、ママたちも頑張るね!

果奈は大きく深呼吸をすると、光弘と共に校長室へと足を踏み出した。


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