恋人や結婚相手を探す手段として浸透した「マッチングアプリ」。
接点のない人とオンラインで簡単につながることができる。
そう、出会うまでは早い。だけど…その先の恋愛までもが簡単になったわけじゃない。
理想と現実のギャップに苦しんだり、気になった相手に好かれなかったり――。
私の、僕の、どこがダメだったのだろうか?その答えを探しにいこう。
Episode01【Q】:高嶋綾子、32歳。
マッチングアプリは登録後1週間の“新規会員”が狙い目
「う~ん、美味しい!これこそ一番有意義な休日の過ごし方だわ…」
よく晴れた土曜日の午後。私はハーブティーを飲みながらしみじみとつぶやいた。
大手食品メーカーで働いている私の趣味は「ヌン活」だ。
今日はザ・ペニンシュラ東京の『ザ・ロビー』に、会社の同期のヒナと来ている。
「綾子は、いつも美味しそうに食べるから見ていて気持ちいいよ。私はもうお腹いっぱい」
「そう?ありがとう!じゃあ、このチョコムースとタルトもらっていい?」
「うん。いいよ」
ヒナが一瞬、驚いた顔をした気がしたが、気にせずフォークを口に運んだ。
「綾子、最近恋愛はどうなの?まだアプリやってる?」
「ううん。いい人もいないし、アプリもやってない」
2年前に登録したマッチングアプリは、当時話題になっていたものだ。
“新規会員フィーバー”もあって、マッチした男性数人とすぐに会った。
でも、結局、誰とも付き合うことはなく、今ではアプリも完全に放置してしまっている。
「あら、そうなの?じゃあさ!もう1回やってみれば?新規会員の男性とか狙い目なんじゃない?」
「たしかにそうかも!よし、彼氏を作るために、まずは行動だよね」
「うんうん。頑張って!」
その日の夜、私はさっそくベッドに横になりながらアプリを開いた。
― 久しぶりに開いたなぁ。このドキドキ感…たまらない!
マッチングアプリが最も楽しいのは、最初の1週間じゃないだろうか。
新しいゲームを始めるときのようなワクワク感があるし、メッセージのやり取りも積極的になる。
その時に出会ってしまうのは、マッチングアプリの必勝法のひとつだと思う。
でも残念ながら、私は新規会員ではない。だから、登録したての人を狙うのが、成功の秘訣だ。
新規会員の中で目についたのは、30歳男性・KY。
『同僚から勧められて始めました。
IT企業のマーケティング部門で働いています。赤坂在住で、趣味はゲーム。
どちらかと言えばインドア派なので、外に連れ出してくれる方がいたら嬉しいです。真面目で誠実な性格だとよく言われます。また、マーケティングの仕事柄、時事問題やトレンドに敏感で、他人より知的好奇心が旺盛だと思います。
まずは気軽にお互いのグルメ情報など交換できたら嬉しいです。僕と同じように、誠実さを大切にされる方が理想です。よろしくお願いします』
― おぉ…たしかに誠実そう…。
プロフィールが少し堅いような気もしたが、見た目も悪くなかったので、私は自分から「いいね」を押した。
すると、すぐに相手が見てくれ、見事マッチングした。
「やったぁ」
思わず口にしてしまう。
相手から先に「いいね」をもらうのも嬉しい。でも同じかそれ以上に、こちらから好意を示した人とマッチするのが嬉しい。
この一瞬の高揚感こそが、マッチングアプリの醍醐味だとも思う。
― では、この先はアプリ歴が長い私がリードしますか。
私は、早速マッチングしたKY氏にメッセージを送り、何回かのやりとりの結果、アポを取り付けることに成功した。
無事にLINEヘの移行も終わり、会う日もサクサク決まった。
本名は、山田健太郎というらしい。LINEの名前がフルネームなのも好印象だ。
あとは向こうが店を選んでくれるのを待つだけだ。
「楽勝…かも!」
難所のひとつともいわれるアポの段取り。
ひととおりのステップをこなしたら、安堵したのか、急にお腹が空いてきた。
冷蔵庫を開けて賞味期限が切れそうな生クリームでカルボナーラを作った。
「私は、食べることが好きだし、料理も好きだし。こういうところが合う人がいればいいな~」
そうつぶやき、食事中にもアプリで他の男性をチェックしていたら、健太郎からLINEがくる。
『山田健太郎:綾子さんの他の写真も見てみたいな』
― おっと、そうきたか。
私は、フォークを持ったまま一瞬、フリーズしてしまった。
『AYAKO:これでよかったら…』
仕方なく、アプリに載せているものと同じように少し良く映っている写真を送った。
『山田健太郎:ありがとうございます!やっぱりお綺麗ですね』
― うぅ、2年前の写真だから、ちょっとだけ良心が痛む…。けど、私本人であることは間違いないしいいよね。
私はカルボナーラを食べ終え、冷凍庫から他社製品のアイスクリームを取り出す。
企画開発の部署に所属しているので、お菓子やアイスを食べることは仕事の一環だ。
これも市場調査のひとつ。マッチした彼もマーケの人っぽいし、対等に話せる女でいる必要がある。
私は仕事のことを考えながらアイスを食べ、健太郎とのアポに胸を躍らせた。
この人が、将来の旦那さんになるかもしれない。そう思うと、俄然アポにやる気が湧いてきた。
◆
健太郎が予約してくれたのは、赤坂のイタリアン『フィレモネ』。
美味しい生パスタが食べたいと言ったら、探してくれたようだ。
健太郎の家が赤坂だから選んだのかもしれないけれど、私のリクエストを聞いてくれたのは嬉しかった。
しかし、仕事が長引いてしまい待ち合わせの19時には間に合わない。
― 初アポで遅刻なんて印象悪すぎ。急がなきゃ。
私は電車内からLINEを送り、赤坂駅についてから小走りで店を目指した。
「健太郎さん、ですよね?」
窓側の席に座っていた健太郎は、写真よりもかっこよくて、正直めちゃくちゃタイプだった。
― あんなに一生懸命走らなければ良かった…!
会社を出る時に付け直した香水がほぼ飛んでしまったし、前髪も乱れていたからだ。
「綾子です。遅れてごめんなさい!」
「えっ?あ!綾子さん…ですか。はじめまして、山田です」
健太郎は、名字で名乗った。真面目で誠実そうで、私はますますテンションが上がる。
「何食べます?わぁ~!どれも美味しそうで迷うなぁ」
「綾子さんが食べたい物でいいよ。遠慮しないで」
仕事終わりで、かなりお腹が空いている私に健太郎が言ってくれたので、ふたりで相談しながら注文した。
特に気になっていたパスタはペロリと完食。
お互いの仕事の話がほとんどで、私ばかり話してしまったのが悔やまれるが、健太郎が聞き上手だったからとても楽しかった。
「あ~美味しかった!」
「あはは。綾子さんは、本当に美味しそうに食べますね」
健太郎が私の長所に気づいてくれ、思わず照れてしまう。
デザートまでしっかり食べたところで、私はパウダールームに行った。
― この後、誘われるかな…。
私はドキドキしながら、メイクポーチからアトマイザーを取り出した。
さりげなく香るように足首にワンプッシュしてから、席に戻る。
すると、健太郎は会計を済ませてくれていた。
― 遅刻しちゃったし、私も払うつもりでいたんだけど…。財布も出せなかったし申し訳ない…。
彼のスマートな振る舞いに私は感激し、心を奪われた。
店を出た後、ふたりで赤坂通りを歩いた。特に会話はしなかったけれど、その沈黙すらドキドキした。
― もう少し一緒にいたいなぁ。
そう思いながら、健太郎の顔をチラチラと見ていたのだが、彼は何も言わない。
きっと緊張しているのだろう。マッチングアプリで会うのは、私が初めてだと言っていたから。
しかし、私たちは赤坂駅に着いてしまった。
ここはとりあえずお礼を言って、誘われ待ちをした方がいいだろう。
「ごちそうになってしまって…すみません。楽しかったです!」
私は、さっき言えなかった言葉と一緒に、健太郎の目を見ながら可愛く微笑んだ。それなのに、彼の回答は予想外のものだった。
「それならよかった。ではここで!」
― あっ…。次の約束、ないんだ。
最初のアポだから遠慮したのだろうか。
千代田線に乗りながら、すぐにお礼のLINEを送ったのだが、既読にもならない。
それは、翌日になっても変わらなかった。
私のことを褒めてくれたし、奢ってもくれた。会う前のLINEも盛り上がっていた。
彼のプロフィールに書いてあった通りグルメ情報も交換できたし、彼の仕事の話にあわせて流行ネタの話もした。
せっかく新規会員とマッチングできたのに、どうして無言でフェードアウトされてしまったのだろうか?
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2023年5月30日