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テレビ業界のタブーに切り込んだ「エルピス」から筆者が感じた制作陣の“祈り”

キネマ旬報WEB

『エルピス―希望、あるいは災い―』は、映画「ジョゼと虎と魚たち」やNHKの朝ドラ『カーネーション』といった作品で知られる人気脚本家の渡辺あやが、『カルテット』や『大豆田とわ子と三人の元夫』など、これまでも話題作を数多く手掛けてきた佐野亜裕美プロデューサーとタッグを組み、6年もの歳月をかけてさまざまな障壁を乗り越え、不屈の精神で制作を実現させた、全10話から成るドラマである。テレビ業界の裏側を誰よりもよく知る者たちが、あえてテレビ業界の負の部分にフォーカスをあてることで、社会に潜む“違和感の正体”や“正しさとは何か”に深く迫ったまさに「身を切った」企画であり、長澤まさみ、鈴木亮平、眞栄田郷敦ら俳優陣の芝居はもちろんのこと、映像、音楽、デザインに至るまでプロの職人技が随所に光る一級のエンタメ作品でもあるのだから、面白くないわけがない。そんな本作のBlu-ray&DVD BOX が、5月26日にリリース。BOXでしか見ることができない映像特典と合わせて、本作の制作陣の想いに迫った。

制作陣の覚悟と、出色の俳優陣に託された想い

路上キスを週刊誌に撮られて人気が失墜した元エースアナウンサーの浅川恵那(長澤まさみ)と、自分をエリートだと信じて疑わないボンクラな若手ディレクターの岸本拓朗(眞栄田郷敦)が、深夜のバラエティ番組〈フライデー・ボンボン〉を舞台に繰り広げるお仕事コメディであるかのように一瞬見せかけて、いざ蓋を開けると“実在の複数の事件から着想を得たフィクション”であるところの、政治×警察×メディアの癒着を暴く社会派ドラマに転調し、テレビ局内の力関係が如実に反映されたリアルな社内恋愛事情や、セクハラ・パワハラ・モラハラまみれの男の内に燻るジャーナリスト魂までもが巧みに絡み合う『エルピス』。

2016年、島根在住の脚本家・渡辺あやの元に、当時別のテレビ局に所属していた佐野亜裕美プロデューサーが、「一緒にラブコメをやりましょう」と持ち掛けたことが企画の発端だったが、打ち合わせを重ねるうちにいつしか政治に関する話題で盛り上がるようになり、当初のラブコメから、冤罪事件を軸としながら政権や官僚へのメディア側の忖度の実態を描いた社会派ドラマに姿を変えた結果、「放送までに6年かかった」──。という苦労話はドラマの放送前からさまざまな記事で語られていたが、第1話を視聴していた筆者にも渡辺と佐野プロデューサーらの執念ともいうべき覚悟はひしひし伝わり、SNS上にも「制作陣の本気を感じた」「傑作の予感」といった評が飛び交い、大反響を巻き起こした。

筆者は、2021年9月にNHKで渡辺あやが脚本を手掛けたドラマ『ワンダーウォール』が再放送されたタイミングで渡辺にインタビューした際、渡辺が寡作である理由について尋ねてみたことがある。すると「いくら書いても書いても、企画が全然通らないんですよ!」と憤りを帯びた答えが返ってきたのだが、渡辺あやが書いた脚本が通らないわけないだろう、と訝しく思っていた。だが、本作を観てこの企画にOKが出せるテレビ局は相当肝が据わっているとようやく合点がいった。そして「もしやこのドラマの登場人物たちと同様、作品と心中するつもりなのか……!?」と、少しだけ不安にもなった。

というのも『ワンダーウォール』の時点では、「登場人物に“怒りの感情”をストレートに語らせても伝わらない。より多くの人に伝えるためには、“ゆるふわ”に見せかける必要があるのかもしれない」と話していた渡辺が、今回の『エルピス』では、恋愛やコミカルな要素も交えながらも、政治や官僚への不信感をここまで直接的かつ、リアリティを持って描き込んでいたことに驚き、圧倒されたからだ。と同時に、「限りなく信用を失いかけているメディアが、自分たちの力を本気で正しく使うとどこまで届くか」を、自らに刃を向けて試したのではないか、とも思わずにはいられなかった。そして気づけば、制作陣の想いを受け取った俳優たちが、自らの肉体と声をその壮大なる試みに身を捧げるかのように演じている芝居に、毎回心を揺さぶられている自分がいた。

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例えば、ろくに眠れず、食べ物ものどを通らず、水以外のものを身体に入れようとすると吐き気を催していた恵那が、拓朗から持ち掛けられた冤罪事件の真相解明に向き合う覚悟を決め、「おかしいと思うことを飲み込んじゃダメなんだよ」「私はもう飲み込めない」と宣言する場面で、長澤まさみから溢れ出ていた凄み。あるいは、事件を追う中でみるみる野性味を増していき、無精髭にギラリと光る眼でとんでもないスクープを掴み取る拓朗に扮する、眞栄田郷敦の見事なまでの豹変ぶり。そして、恵那のかつての恋人で、スキャンダル発覚後に官邸キャップとして異例の出世を遂げた斎藤に扮した、鈴木亮平のスマートな身のこなしに宿る、周囲の人間を取り込み翻弄する男の才覚。さらには、セクハラ・パワハラ・モラハラ発言で顰蹙を買いつつ、かつては報道にいたテレビマン村井の矜持を愚直に体現する、名バイプレーヤー岡部たかしの哀愁と色気──。「『この業界に風穴をあけるヒーローのような若者に出て来てほしい』と、ここ10年くらいずっと思い続けてきた」という、渡辺の切なる想いが彼らに託されているかのようだった。

本作が見るものに投げかけるメッセージ

そんな本作にかける制作陣の想いは、今回収められた映像特典で確かめることができる。主演の長澤まさみのロングインタビューや、撮影の舞台裏を捉えたメイキング映像、中でも渡辺あやと佐野亜裕美による対談は必見だ。6年越しでようやく実ったドラマの誕生秘話やタイトルが決定した経緯、本作に込めた思いをアツく語り尽くす発言の数々によって、本作が投げかけるメッセージをより深く理解することができることだろう。

「エルピス」とは、「古代ギリシャ語で様々な災厄が飛び出したと伝えられる【パンドラの箱】に残されたものとされ、【希望】とも【予兆・予見】とも訳される」ことにちなんだタイトルだが、劇中の登場人物たちと同様、企画や作品と共に心中するのは製作陣ではなく、むしろ、恵那や拓朗の孤独な奮闘をエンタメとして享受してきた我々の方なのかもしれない……と考えることは、果たして希望と災いのどちらにあたるだろうか。筆者には、あらゆる困難を乗り越え、恵那や拓朗が必死で繋いできたバトンを受け取り、違和感の正体や自分なりの正しさと向き合う覚悟を我々一人ひとりが持ち始めるところまでが、本作に込められた、制作陣の“祈り”のように思えてならない。「たった一人でもいま自分の目の前にいる人のことを信じられるかどうか。それこそが希望である」というメッセージを受け取り、その志を受け継いだ人たちがそれぞれの場所で立ち上がる勇気が持てますように、と。

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