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自分の人生にしっくりこなかった“ミスター・ゾンビ”が、輝きを取り戻す。イラストで『生きる LIVING』を解説!

MOVIE WALKER PRESS

1952年に公開された黒澤明監督の不朽の名作『生きる』をノーベル賞作家カズオ・イシグロの脚色によってイギリスでリメイクした『生きる LIVING』(公開中)。主演をイギリスの国民的俳優であるビル・ナイが務め、現代に新たな魅力を放つ。サンダンス映画祭、ヴェネチア国際映画祭をはじめ世界の映画祭で絶賛され、先日行われた第95回アカデミー賞では主演男優賞と脚色賞にノミネートされた。そんな話題作のストーリーや見どころなどを、イラストレーター&エッセイストの石川三千花の描き下ろしイラスト共に紹介しよう。

■無気力な人生を送っていた男が己の余命を知って“生きる”意味を見出していく物語

1953年、第二次世界大戦後のロンドン。役所に勤めるウィリアムズ(ナイ)は市民課の課長だ。ところが、いつしか仕事への意欲を失い、「公園を作って欲しい」という主婦たちの陳情書もロクに読みもしないままデスクの棚に放置。人生を空虚で無意味なものだと感じ、職場では部下に煙たがられ、家でも同居する息子夫婦から疎まれていた。そんなある日、医師からガンで余命半年であることを告知される。翌日から役所を無断欠勤し、海辺のリゾートにあるバーで酒を飲んだりしてみるも、どうもしっくりこない。そのままあてもなく街をさまようなかで、偶然、元部下のマーガレット(エイミー・ルー・ウッド)と再会。イキイキとしている彼女と過ごすうちに自分自身を見つめ直し、ようやく生きる意味を見出した彼は残された日々を充実したものにしようと決意。それまで無視していた公園建設のために奔走していく。

■舞台は戦後の日本から1953年のロンドンに

黒澤の『生きる』は第二次世界大戦の敗戦国だった日本を舞台に描いたヒューマンドラマだったが、本作の舞台も同時代のイギリス。戦争には勝っても、荒廃した戦後から復興&再生する過程は変わらない。そんな復興途上のロンドンが、死を宣告されたことで“生きる”ことに目覚め、公園の建設によって荒廃した街を再生させていくウィリアムズの姿に重ね合わされていく。

物語はほぼオリジナルに忠実だが、当時の実写映像を織り交ぜ、一気に観客を1953年のロンドンに引き込んでいくオープニングは本作ならでは。蒸気機関車に乗って郊外から都心にある職場へと向かうビジネスマンの群れの中に、観る側もタイムスリップしたような感覚になる。オリジナルと違うのは、毎日の変わらぬ光景の中に、ウィリアムズの部署に配属になった青年ピーター(アレックス・シャープ)を登場させていること。新参者で戦後の価値観を持つピーターの視点も加わりウィリアムズの生き様が描かれることで、単なる名作のリメイクに終わらず、いまの時代にも通じる新しい『生きる』が出来上がったのだ。

■ウィリアムズが憧れてきた“ジェントルマン”の生き方とは?

毎日決まった時刻に同じ列車の同じ車両に乗り、判で押したような生活を送っているウィリアムズ。演じているのはイギリスの名優ビル・ナイ。いぶし銀の魅力も放ちながら、ユーモアあふれる人柄で知られる彼が、本作ではピンストライプの背広に山高帽を目深にかぶり、片手にステッキ姿の典型的な英国紳士にピタリとハマった。そもそも本作は黒澤ファンのカズオ・イシグロが、『生きる』の英国版を作りたいというところからスタートし、構想段階から主人公にナイを当て書きしたという。オリジナルの主人公は志村喬が演じているが、イシグロのイメージは笠智衆(小津安二郎作品や「男はつらいよ」シリーズなど)だったらしい。

ナイは感情をあまり表に出さず、抑制を効かせてウィリアムズを演じる。実に絶妙だ。予期せぬ余命宣告をされたことで、皮肉にも無味乾燥だった彼の人生に輝きが戻り始める。特に、マーガレットとの再会から彼の表情が次第に柔和になっていく。ハツラツとして人生に夢を持ち、いまを謳歌しているマーガレット。そんな彼女とお茶を飲んだり、映画を共に楽しんだりするなかで、ウィリアムズは“生きる”意味と対峙するのだ。

ようやく余命を打ち明けた彼が、少年時代に憧れた駅のホームにいた紳士たち=公務員の姿を思い出し、自分が「幼いころ、大人になったら紳士になりたかったんだ」とつぶやく。別に名声やお金が欲しかったわけではない。人として自分が目指すべき姿になっていなかったことに気づいたウィリアムズは、残された時間で自分がなすべきことに気付く。この一連のシーンは胸に迫る。

そして役所に戻ったウィリアムズの覚醒。部下から隠れたあだ名の“ミスター・ゾンビ”と呼ばれていた彼はその目に情熱を取り戻し、奔走する。こうと決めたら絶対にブレずに成し遂げるのがジェントルマン。言葉は少なくとも、ウィリアムズの本物の紳士たる心意気を体現するナイ。使い古した山高帽をソフト帽に被り変えた際の自信に満ちた顔がたまらなくチャーミングで、イケオジ好きなら終盤へと至る彼の変貌に胸がときめいてしまう。

■お茶目なところも魅力なイギリスの国民的俳優ビル・ナイ

現在、73歳のビル・ナイ。舞台と映画の両方で活躍してきた彼は、50年に及ぶキャリアにおいて、様々な作品で唯一無二の存在感を放ってきた。特にその存在が知られることになったのは、リチャード・カーティスが監督を務めた『ラブ・アクチュアリー』(03)での老いたロックスター、ビリー・マック役だ。毒舌を吐きまくるがどこか憎めないキャラクターをチャーミングに演じて、一躍人気俳優のポジションに定着。

そんな彼をハリウッドが放っておくはずもなく、「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズのデイヴィ・ジョーンズ役や、『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1』(10)のルーファス・スクリムジョール役など世界的なメガヒットシリーズにも参加した。

その後も、海賊ラジオ局のオーナーを演じた『パイレーツ・ロック』(09)やタイムトラベルをする主人公の父親役を好演した『アバウト・タイム 愛おしい時間について』(13)などのカーティス監督作に出演。さらに、数々の賞を受賞した『マイ・ブックショップ』(17)で引きこもりの読書家、ジョニー・デップが製作&主演した『MINAMATAーミナマター』(20)では雑誌ライフの編集長ロバート・“ボブ”・ヘイズ役を演じるなど、いぶし銀の魅力と人生の年輪を重ねてきた役者だからこその深みを多岐にわたる作品で発揮している。

そして、本作でナイは初のアカデミー賞主演男優賞にノミネート。先日の授賞式のレッドカーペットならぬ“シャンパンカーペット”には、「シルバニアファミリー」のウサギの人形を持参したことでもちょっとした話題になった。

米タイム誌が2005年に発表した「史上最高の映画100本」にも選ばれている黒澤明の『生きる』。オリジナルの公開から70年の歳月を経て、英国でリメイクされた『生きる LIVING』。黒澤へのリスペクトを込めながら、生きづらさに悩むいまを生きる人間たちに心温まるメッセージを伝えてくれる。ビル・ナイの名演にも思いを馳せながら、ギュッと濃密に描かれた人生賛歌をじっくりと噛みしめてほしい。

文/前田かおり
 
   

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