
野心に溢れ、左遷と栄転を繰り返す官吏・李徳裕。節目節目に現れる謎の占い婆から意味ありげな忠告を受けるも意に介さず、まるで羊を屠っては喰らう狼のように、 栄光を求めて進んでいき――。※本記事は、山亀春久氏の小説『羊を食べ尽くした男 中国仏教衰微の日』(幻冬舎ルネッサンス)より、一部抜粋・編集したものです。
一、羊の群
李徳裕の視線の先は北の高台、偉容を誇る大明宮(唐王朝の宮殿)に向いていた。
「昨夜の夢は、何かを予見するように思える……」
「どんな夢をご覧になられたのですか」
愛らしく丸い顔が横に立ち、裾の乱れを気にしながら、興味深気に李徳裕を覗き見ていた。
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「儂が羊の群に囲まれる夢だ」
「羊ですか…………羊は私どもにはなくてはならぬ大切な家畜、沢山いたのですか」
「一万頭いた」
「そんなに沢山の羊が夢に出たのですか」
「羊が草原を走っていた。心地好い夢だった」
「従順な羊の夢は吉兆かと思います。きっと、良いことがあります」