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年下の彼女が、先に出世した。自己嫌悪のあまり別れを決意した男は、誕生日の夜に…

東京カレンダー

春になると、日本を彩る桜の花。

大都会・東京も例外ではない。

だが寒い冬を乗り越えて咲き誇ると、桜はあっという間に散ってしまう。

そんな美しく儚い桜のもとで、様々な恋が実ったり、また散ったりもする。

あなたには、桜の季節になると思い出す出会いや別れがありますか?

これは桜の下で繰り広げられる、小さな恋の物語。

▶前回:交際4年、マンネリ化した恋。長引きすぎた春に2人が終止符を打った、意外なきっかけとは…



佐久間大哉(29)「こんな関係なら、別れた方がいい?」


「俺、最低だ」

大手広告代理店でコピーライターをしている大哉は、22時過ぎのオフィスでひとり、頭を抱えた。

「最低だよ…。彼女の幸せを、素直におめでとうって、思えないんだから」

大哉のMacBookに表示されているのは、クリエイティブ局長からの一斉送信のメールだ。

【クリエイティブ2局の繁田瑛美里さんが、大賞獲得!おめでとうございます!】

交際6年目の彼女・瑛美里の名前が、太字で大きく表示されている。

― あの賞で大賞とるなんて、すげえよ…。

瑛美里がこのたび受賞したのは、大哉が「20代のうちにとりたい」とずっと思っていた名誉ある広告コピーの賞だった。

大哉が瑛美里の受賞を知ったのは、つい3時間前。

彼女は、受賞して真っ先に電話をくれたのだ。受話器越しに声を震わせ「やったよ」と言った瑛美里。

大哉は、ぎこちない笑顔を作った。

「すごいじゃん。さすが瑛美里、おめでとう」。

元気がなかったことが、瑛美里に悟られてしまっただろうか。大哉は今になって不安になる。

― でも、1歳下の後輩の瑛美里が俺より活躍してるのは…正直めちゃくちゃ悔しい。

大哉は、30歳を目前にして、まだ賞を取ったことがない。上司や先輩に褒められるような仕事もできていない。

行き詰まったまま30歳という節目が目前に迫っていることに、心底焦っていた。

― でも、ちゃんと喜ばないと。

同棲中の家で瑛美里が待っているのだ。ワインでも買ってお祝いをするべきだろうと、大哉は自分に喝を入れる。

『大哉:仕事終わったよ!今から帰るね』

瑛美里にLINEをしたが、仕事はまだ残っていた。今日はモヤモヤして、いつも以上に頭が回らなかった。

でも、もういいや。投げやりな気持ちで仕事を途中で切り上げると、大哉はPCを閉じて立ち上がった。


大哉と瑛美里は、付き合って6年目。

2人が親密になったのは、2017年の春、大哉が社会人2年目を終える頃のことだった。

当時、部署ではお花見が毎年の恒例イベント。

その際、若手社員が朝早くから公園に行き、レジャーシートを広げて場所取りをするのが決まりだったのだ。

「君たち、場所取り頼むよ」

その年は、入社2年目が終わるタイミングだった大哉と、1歳下の瑛美里に白羽の矢が立った。

早朝の芝公園で場所取りをして、先輩たちを待つ。

初めて瑛美里と2人きりで数時間一緒に過ごしたことで、大哉は急激に距離が近づいたことを実感した。

それがきっかけで1ヶ月ほどデートを繰り返し、ゴールデンウィークに交際を始めたのだ。

溌剌としていて、しかも美人な瑛美里を彼女にできたことが、大哉は誇らしかった。

― あの頃は…。俺、堂々とした先輩だったのになあ。

瑛美里に仕事のアドバイスをした時期もあった。しかしいつの間にか、彼女の活躍のほうが圧倒的に目立つようになっていった。

自分の仕事がうまくいっていないせいで、大哉は一緒にいてモヤモヤするばかり。

瑛美里を愛しているはずなのに応援できない器量の狭さや、仕事における力量のなさに、自己嫌悪に陥る日々だ。

「お祝いのワイン、買っていこう…」

遅くまで営業している近所のリカーショップに立ち寄り、赤ワインにリボンをかけてもらう。



「ただいまー」

廊下に立つと、リビングから賑やかな声が聞こえてくる。

扉を開けると、瑛美里はビデオ通話の最中だった。

スピーカーからは、聞き慣れた同僚たちの声が聞こえてくる。オンラインで祝賀会が開催されているようだ。

「あ!」

瑛美里は、大哉の帰宅に気づいて笑顔になる。

そして画面の向こうの同僚たちに「大哉さんが帰ってきました!」と伝えた。

大哉は、疲れた心を無理やり奮い立たせて笑う。

先ほど買ったワインを見せびらかしながら、「おめでと〜」と、おどけ顔で画面の中に入っていった。



23時半をまわり、ビデオ通話が終了すると、リビングは急に静寂に包まれる。

真っ先に「改めておめでとう」と言うべきだとわかっていたが、先に口を開いたのは瑛美里だった。

「ごめんね、なんか」

「え、なにが?」

「ビデオ通話に巻き込んで。疲れてそうだし、早く寝たかったでしょ」

「なんでよ、一緒に祝えて嬉しいに決まってるじゃん」

瑛美里はなにか考えるような間を置いてから、「うん、ありがとう。ワイン美味しかったよ」と笑った。

「瑛美里、俺が片付けやっておくから、先お風呂どうぞ」

「そう?わかった」

「私が散らかしたのにごめん」と言って去っていく瑛美里の背中を見る。なんだか追い出したみたいになってしまったと、大哉は思った。

― こんなの、恋人としても、先輩としても失格だ。

頭に浮かんだのは、「こんな関係なら、別れた方がいい」という気持ちだ。

しかし、どう言い出したらいいものか、見当もつかない。

瑛美里がシャワーを浴びる音を聞きながら、余裕のない自分を責めた。

― 瑛美里がお風呂から出てきたら、話してみようかな。俺の本音を。

お風呂から上がった瑛美里は、いつものようにボディクリームを片手にソファに座り、脚に塗り始める。

どう切り出そうかと思いながら、瑛美里を見た。

すると視線に気づいた瑛美里が、笑いかけてくる。

「来週末、誕生日だね。実はホテル取ったの。久々にゆっくり過ごそう?」

無垢な笑顔で言われて、大哉は完全に、話を切り出すタイミングを見失ってしまった。





誕生日を迎える前日の夜。

大哉はモヤモヤした気持ちのまま瑛美里とディナーへと出掛け、その足で、瑛美里が予約してくれたザ・プリンス パークタワー東京にチェックインした。

ソファに座り、シャンパングラスを傾ける。

「もう付き合って6年になるね。日付が変わったら、大哉は30歳だね」

他意がないことはわかっている。しかし大哉は、年齢のことを言われて妙な焦りを感じた。

正直に話すなら今だ、と思った。

「せっかくお祝いしてもらってる日に、話すことじゃないかもしれないけど」

瑛美里といると、自分が出遅れている気がして気が滅入るということ。瑛美里の活躍を素直に応援できない自分がいること。

そんな自分を、彼氏としても先輩としても、情けなく思っていること。

「だから俺さ、瑛美里とはもう」

別れたいと言いかけたとき、瑛美里が言葉を遮った。


「あそこで6年前、場所取りしたよね」

瑛美里は、窓のほうを指差す。

ホテルの窓からは、芝公園が見える。

「今年も桜の季節だね」

瑛美里が懐かしそうに言う。大哉は「別れたい」という言葉を、飲み込むほかなかった。

「あのときのお花見で、上司が酔った勢いで、コピーライターゲームを始めたの覚えてる?」

「ゲーム?なにそれ」

「若手に、お花見のコピーを発表させたの。そのときの大哉の答え、今でも覚えてるんだ。毎年、桜の季節になると思い出すの」

「え?」と大哉は言った。まったく記憶になかった。

「『最後に桜、見といてよかった』ってコピーよ」

本当に覚えていなかった。大哉は、自分のコピーが恥ずかしくてうつむく。しかし瑛美里はにっこり笑った。

「大哉は解説してくれたのよ。桜なんて毎年咲くし、毎年見れるって思って、お花見に来ない人って多いと思うんです。でも次の春を待たずに人生が急に終わる人もいるって」



「つまりこのコピーは、残された人のセリフにも見えるし、去っていった人のセリフにも見える。このコピーを見たら、自分の大切な人と、毎年見たくなりませんか?って」

大哉は苦笑いする。

「花見のコピーなのに、暗すぎるな…」

ほら、俺にはセンスがない。大哉は絶望しながら思う。

「ま、たしかに暗いけど」

瑛美里は、大哉の心の奥を見透かすような、大きな瞳で言った。

「でも私、大哉のコピーが好き」

瑛美里はシャンパングラスを撫でながら、大哉のこれまでの仕事について語りだした。

大哉がもう覚えていないキャッチコピーさえ、瑛美里の口からはするすると出てくる。

「面と向かって言うのは照れくさかったけど…私、あのお花見の日、あなたのファンになったの。

大哉の仕事、好きだよ。特に、大哉がありのまま書いたコピーがすっごく好き」

― ありのまま?

大哉は気づかされる。

― そっか。最近は俺、上司がどうとか、賞がどうとかにとらわれすぎて、自分の頭で考えなくなってたかも…。

瑛美里と話すことで大哉は、自分にエネルギーがよみがえるのを感じた。



「瑛美里、ありがとう…」

情けなくてダサくて、自分がかっこわるくて仕方ない。

そう思いながらも大哉は、やっぱり瑛美里と一緒にいたい、と、強く思った。

思わず泣き出しそうになる大哉に、瑛美里は底抜けに明るい声で言う。

「どしたの?もっと飲もうよ」

瑛美里はただにっこりと笑い、グラスにシャンパンを注いだ。

それから、言った。

「誕生日おめでとう、大哉」

― この笑顔を、絶対に失ってはいけない。

瑛美里の肩を抱き寄せながら、大哉は心に誓うのだった。


▶前回:交際4年、マンネリ化した恋。長引きすぎた春に2人が終止符を打った、意外なきっかけとは…

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