
「KING OF DOPEってことで、容赦ない『D・O・P・E』かますんで、よろしくお願いします」
参考:DJ KRUSH × tha BOSS特別対談 KRUSH「すべて繋がってる、バタフライ・エフェクトだよ」
ごく短いMCの後に放たれた1時間30分のDJプレイは、その宣言通り、DJ KRUSHの真髄たるドープなビートをとことんまで味わい尽くさせる圧巻のものだった。ステージの上にはDJ KRUSH、ただ一人。客演はなし。インストゥルメンタルの楽曲を軸に、次々と再構築されていくビートにただただ耽溺する、あまりにもストイックな1時間30分ーー1990年代の初頭から、ターンテーブリズム一本で世界を舞台に戦ってきたレジェンドの新たな覚悟がそこにはあった。
clubasiaの27周年記念公演として、3月23日に開催されたDJ KRUSHのソロライブ『KING OF DOPE』は、DJ KRUSHにとっても節目となるものだった。2022年に活動30周年を迎えたDJ KRUSHは、同年末に長年所属していた事務所から独立を果たした。今回のライブは独立後、初となるもので、新生DJ KRUSHのプレイを目撃しようと集まったファンたちによってチケットはソールドアウト。前売りチケットの購入者には、 “今” のDJ KRUSHを届けたいという想いから、ノヴェルティのミックステープ『KING OF DOPE MIX 2023』がプレゼントされるという粋な計らいもあった。
開演前、すでに満員の会場には、2020年に発表されたアルバム『TRICKSTER』収録の楽曲「Regeneration」などがかかっていて、否応なしに期待が高まる。客の年齢層は幅広く、耳の肥えたリスナーも多そうだ。いよいよDJ KRUSHが登場し、前述の宣言をすると、フロアからは歓声が上がる。
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ターンテーブルに針を落とした瞬間に鳴り響いたのは、骨まで響く重低音のドローン。そこにDJ KRUSHのシグネチャーサウンドともいえる、エコーの効いたスクラッチを重ねていく。緊張感漂うオープニングは、2000年に発表された傑作ライブ盤『Code 4109』を彷彿とさせる。乾いたスネアの響きが印象的なビートは、BPM80にも満たないだろう。時折挟まれる一瞬の無音は、どんなビルドアップよりも説得力があり、次なるビートへの渇望を生む。1991年に発売されたVestaxの名機「PMC-20SL」にはサンプラー機能が内蔵されていて、DJ KRUSHは楽器のようにそのパッドを叩き、リアルタイムでビートを再構築していく。これぞDJ KRUSHと喝采を送りたくなる気持ちを抑えて、どこまでも沈み込んでいくグルーヴに身を委ねる。サックスのインプロビゼーションだろうか、複雑なフレーズのウワモノが擦られると、淡々と繰り返されるビートとのギャップに眩暈すら覚える。音数は徹底的に抑えられているが、しかし奥深く聴きごたえのある展開だ。
約30分ほどかけて、完全にフロアの空気を作り上げたところで、ようやくメロディーが鳴り響き始めるーー元Cypress HillのDJ Muggsが手がけるアメリカ西海岸のトリップホップバンド・Cross My Heart And Hope To Dieの「Wild Side」(2013年)だ。スモーキーで憂いのあるサウンドと、ブルージーな歌声が胸を打つ。さらに、アイザック・ヘイズの1969年に発表された名盤『Hot Buttered Soul』の冒頭を飾る「Walk On By」のインストパートなど、渋すぎる選曲で観客たちを唸らせる。極め付けは、Portisheadによる1994年の楽曲「Glory Box」(アルバム『Dummy』収録)だ。Portisheadは言わずと知れたブリストル・サウンドの代表的アーティストで、その気だるく幻想的な楽曲は今なお世界中で愛聴されているーーが、ピークタイムにこのダウナー極まりない楽曲を投下して、フロアを歓声で埋め尽くせるDJが果たしてどれだけいるのだろうか。90年代から世界中のクラブでプレイし、アブストラクト・ヒップホップとも称される唯一無二のスタイルを確立してきたDJ KRUSHだからこそ可能な聴かせ方だろう。
その魅惑的な空気感から一転、後半からは怒涛のブレイクビーツを叩きつける。攻撃的なビートを、さらにサンプラーの連打で切り刻んでいくプレイは強烈だ。ともにインスト・ヒップホップのシーンを築き上げてきたDJ Shadowとフィーチャリングした1995年の楽曲「Duality」(アルバム『MEISO(迷走)』収録)が披露されると、フロアが大きく沸く。さらに、現在の音楽シーンにも多大なる影響を与えているヒップホップバンド・THE ROOTSの初期メンバーであるBLACK THOUGHTとMALIK B(故人)を迎え、DJ Shadowがリミックスをした名曲「Meiso(Klub Mix By DJ Shadow)」や、同じくDJ Shadowの代表曲「Organ Donor」など、畳み掛けるようにキラーチューンをプレイしていく。しかも「Organ Donor」では、かの有名なオルガンのフレーズを激しく分解し、超絶テクニックで再構築していくのだから、これでぶっ飛ばないわけがない。そこに、DJ KRUSHが欧州での評価を決定的にした代表曲「KEMURI」のイントロが流れ始めると、フロアの興奮は最高潮に達する。まさに「容赦のない」展開だ。
一体、これまでに何百回、「KEMURI」を聴いただろうか。これほど中毒性が高く、何度も繰り返して聴いてしまうインストゥルメンタルのヒップホップは、他にないのではないかーーこの楽曲の魔術的な魅力に取り憑かれた人間は数多く、フロアの陶酔はそれを雄弁に証明している。発表から約30年の時を経てなお、その魔術はビート・ジャンキーたちを狂わせ続けているのだ。
ライブの終了後、楽屋のDJ KRUSHのもとを訪れると「これまでの活動にケリをつけようと思って、今日は昔の曲もかけたんだ」「(レポートは)正直に書いてほしい。客観的な意見は俺にとっても参考になるから」と語ってくれた。
正直なところ、DJ KRUSHのプレイは最高だと知っていたけれど、この日のライブはまた格別にクールだったと思う。熱い選曲だったのは言うまでもないことだが、DJというアートフォームの可能性をますます追求しようという気概が、プレイの隅々にまで感じられるライブだった。スクラッチやサンプリングなどのテクニカルな側面や、グルーヴを紡いでいくことでしか到達できない精神の高揚のみならず、すでにこの世を去ったものの歌声や、何十年も前に流行した楽曲を蘇らせて、現在進行形の表現とするのもDJプレイの醍醐味である。その意味で今回のライブは、現在のDJ KRUSHにしか表現できない深度と解像度で、その30年の歩みを昇華するものだったと言えるだろう。