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セキュリティ基盤の専門家たちが抱いた映画『Winny』への想いとは?「金子勇という栄光なき天才を知ってほしい」

MOVIE WALKER PRESS

セキュリティ基盤の専門家たちが抱いた映画『Winny』への想いとは?「金子勇という栄光なき天才を知ってほしい」

⾰新的ソフト「Winny」を巡るネット史上最大の事件を描く映画『Winny』(公開中)。本作で同ソフトの開発者、⾦⼦勇役を東出昌大が、彼を弁護した壇俊光弁護士役を三浦貴大が演じている。未来を担うはずだった天才開発者の金子は、なぜ潰されてしまったのか。劇中では、⾦⼦が著作権法違反幇助の容疑で逮捕された経緯と、その不当性を訴え、警察や検察側と全⾯対決した壇弁護士率いる弁護団による裁判の顛末が描かれていく。

このたびMOVIE WALKER PRESSでは、インターネットのセキュリティ基盤の研究開発をする「WIDE Project」の合宿における、壇弁護士と本作を観たインターネット技術の有識者たちによる討議会に潜入取材。いまだから語れる事件当時のことや、専門家ならではの『Winny』に対する興味深い感想や意見をキャッチできた。

■「もっと続きを観てみたくなりました」(村井純教授・慶應義塾大学)

まずは、インターネット分野の有識者たちが本作を観た率直な感想を語っていく。日本のインターネット黎明期から技術基盤作りを行い、「日本のインターネットの父」と呼ばれている慶應義塾大学の村井純教授は、「とても良い映画でしたが、僕は知っていることが多いせいか短く感じ、もっと続きを観てみたくなりました。こうなるだろうと予想して観ていくけど、けっこう良い意味で裏切られ、最後も意外な終わり方をしたから、これぞプロが作る映画だなと思いました」と称賛する。

映画好きであると話す村井教授は、「映画ファンが観る映画は難解な作品もあるけど、本作にはいろいろな仕掛けがあるし、有名な俳優さんも出ているので、いい広がり方をしていくのではないかと。俺たちの世界をしっかり描いているという印象も受けました」と感想を述べた。

壇弁護士が「ご自身が出てこなかったのは不満じゃなかったですか」と尋ねると、村井教授は「そこは不満じゃないよ」と笑いながら、「ただ、僕が言った台詞なのに、壇さんが言ったことになっているものもありました」とツッコむ。これに対して会場からも、「確かにいろんな人が、いいことを証言しているけど、だいたいが壇先生の言葉になっています(笑)。壇先生がいい人になりすぎ!もともといい人ですが、4倍くらいいい人になってます」との声が上がった。

■「金子さんは本当に技術が大好きな方でした」(浅井大史・Preferred Networks)

その後、生前の金子との思い出をそれぞれが語っていく。株式会社Preferred Networks(AI開発などを手掛けている企業)でネットワーク基盤の研究を行っている浅井大史は、「僕が金子さんとお会いしたのは、大学4年生の時にP2P(不特定多数の端末がサーバーを介さずに、端末同士で直接データファイルを共有できる通信技術)の研究をしていた時です。山手線で一緒に帰りましたが、ちょうど車内広告が始まったころで、その配信プログラムやネットワークについてすごく熱心に話してくれました。それで、金子さんは本当に技術が大好きな方だと思ったし、こんなふうに自分の好きなことを貫く生き方があるんだと教えてもらった気がします」としみじみ語った。

壇弁護士は、一番心に残った金子との思い出について「実は映画にはなっていないんですが、一審が終わったあと『僕はプログラムを触れなかったら、死んでいるのも一緒だ。毎日ゆっくり死んでいる』と言われたことです。東出さんも、もし可能だったらそのシーンをやりたかったとおっしゃっていました」と悲しげな表情を見せる。

続けて、壇弁護士は、金子が劇中で言う「世の中のためになるなら、僕は有罪になっても構わない」という台詞についても「本当に彼が言った言葉です。忘年会で締めの一言をお願いしたらそう言われたので、『わしら、あんたを無罪にするために集まっとんねん』と大阪弁でツッコみました(笑)。映画では軽くあしらっていますが、実際にはもっと激しく言いました」。

■「自分が見てもリアルの法廷だと感じる作品にしたいと思って意見を言わせてもらいました」(壇俊光弁護士)

続いて、村井教授が、裁判の法廷で証言した当時のことをこう振り返る。「証言内容について、こちらが言いたいことは決まっていました。それは、Winnyが大事なソフトウェアであること、こういう事件が起きてしまうと、今後、技術の発展に支障が出るということです。劇中で金子さんがプログラムを直させてほしいと言ったのに、それができなかった。もしも修正できていたらこんな問題にはならなかったのにと、ご本人がすごく悔しがっていたのが印象的でした」と言うと壇弁護士もうなずく。

本作では、法廷シーンのリアリティにもとことんこだわっているが、壇弁護士は「日本でも刑事裁判を扱った映画多いんですが、そのほとんどは、私から見たら実際の刑事裁判と違い過ぎておもしろくないんですよねぇ。自分の扱った事件で、今後、何度も見る映画になるので自分が見てもリアルな法廷を感じる映画にしたいと思って、意見を言わせてもらいました。裁判所のセットの質感についてもこだわっています」と話し、実際に松本監督を東京地裁に連れていって確認をしたという。これに対し実際に「Winny事件」で証人となった村井教授も、映画を観て「リアルだった」と感心したそう。

■「包丁が殺人に使われたら、包丁という道具を作った人が捕まるのか?」(中村修教授・慶應義塾大学)

では、識者たちは「Winny事件」についてどう受け止めたのだろうか。慶應義塾大学環境情報学部の中村修教授は、「エンジニアやプログラマーが、この映画をどう受けとめるのかが気になります。僕ら『WIDE Project』は、どちらかというと、いつも警察が正しくないというスタンスで活動してきているけど、いまは法律と技術の関係性が非常に難しくなっているので」と課題を挙げる。「どこかのワークショップで『エンジニアは、やっていいと言われたらやるけど、やっていいかどうかが分からないと言われたらできません』という話が出た時、東大の有名な法律の先生が『いやいや。法律は議論する最初の前提を定義するだけで、そこからディスカッションをしていけばいい。やりたいことはやって、その後、裁判で闘えばいい』と言われましたが、それってどうなのかと。僕らには壇さんがついているから、いざとなったら壇さんが闘ってくれるけど、実際にはなかなか難しいです」。

これに対して壇弁護士は「刑法の世界では、なにをしたらいけないかと、事前にわかるものでなければならないと言われますが、学者の先生たちは“撃ち漏らし”が大嫌いなんです。法を回避されるのが大嫌い。『漏れがあったら、法律を新しく作ればいいんじゃないか』と言うけど、それもできないから、結局は総合判断に従えとなり、そうなると事前になにをしたらいいのかがわからなくなる。まさに刑法と技術者とのせめぎあいです」と告白した。

さらに中村教授は、「Winny事件」における問題点について「包丁が殺人に使われたら、いわゆる包丁という道具を作った人が捕まるのかと。すなわち『Winny事件』において、ソフトを作った人が逮捕されてしまっていいのかというのが大きな論点ですが、そこの答えは相変わらず見えないです」と切り込む。

この問題に対して、東京大学大学院情報理工学系研究科の江崎浩教授は「この映画は、クリアに『こうである』と問題を言い切ってなくて、観た人にゆだねるという作りになっているところが非常にいいと思いました。僕が学部の講義でP2Pについて話す時も、技術面でほぼ完成形に近いのが『Winny』と言ったうえで、やはり警察や法律が関係してくることも説明します」と語り、本作を大学の講義で今後使っていきたいこと話した。

■「『P2Pは悪いもの』というレッテルが貼られてしまった」(中村教授・慶應義塾大学)

株式会社インターネットイニシアティブ(インターネット接続サービスの商用提供を行っている)で、通信インフラの研究をしている長健二朗は、映画を観て「開発者の想いを伝えるのはとても難しい」と痛感したそうだ。「金子さんはあんなに温厚な人間だったのに、映画の中で『技術で世の中を変えてやる』とちょっと過激なことを言っています。でも、そもそもインターネットはカウンターカルチャーから出てきたもので、新しいものを技術で作ろうとしている人間は、世の中を見て『ここがおかしいから、ここを変えなきゃ』と思っているんです。普通の人はそんなことを思わないから、技術者だけが、いつも世の中に不満を持っている人たちみたいに見られがち。だから、僕ら技術者たちも、熱い想いを上手く伝えられるように、もっとコミュニケーションをとっていく必要があるなと思いました」。

この件について、村井教授も同意し「問題課題を解決したいと思って動くのは、技術者の生き方だから」と熱弁し、「開発をする環境が日本と海外とでは全然違って、海外では上手くいくことも日本ではそうならない。それが浮き彫りになったのが『Winny事件』で、日本で開発をしても技術者が守られるかどうかは別問題。これはあの事件後も変わっていません」と述懐。

中村教授は「いや、僕はむしろ悪くなったとしか思えない」と言う。「『Winny』は僕たちから見るとすごくおもしろくてアグレッシブなテクノロジーです。クラウドが出てくる前で、いろいろな可能性を秘めていたはず。でも、警察が金子くんを捕まえて『P2Pは悪いもの』というレッテルが貼られてしまった。慶応大学でもP2Pは使っちゃダメとなったけど、『それは違う!』と僕は思いました。それ以降、P2P関連の研究は止まってしまい、可能性を全部潰してしまったんです」。

すると、村井教授が「でもインターネットは、誰がどう見ても幇助に当たると思います。電気通信事業を個人がやっているようなものだから」と切りだす。「実は、以前にインターネットは違法だという意識がすごくあって、一度行政機関に聞きにいったことがあるんです。すでに大学で使い始めていたころだったから、そう説明したら『みんなが使っているからいいんじゃないですか』と言ってもらえました。それで僕は、『じゃあ、一筆書いてくれませんか?』とお願いしたら、『それは書けません』と(苦笑)。つまり行政は、自分たちが責任を取れないとなると怯むし、絶対にやってくれない」とぼやく。

そして「リスクがあるけど、それでもやらなきゃと思う人は、テクノロジーやエンジニア領域の技術者に多いです。それでおもしろいからと作ってみたあとで、悪用するやつが出てきた時に、『あれ?』となってしまう」と言う村井教授に、壇弁護士も「日本では、そういうイノベーターがスケープゴートになっちゃいます。そういう場合、たまたま捕まらないで、いい方向で使われたらイノベーションになって、上手く使われなかったら犯罪者になる。そういう法制度には、本当に忸怩たる想いがあります」と語る。

村井教授は「例えば、3Dプリンターもそうで、それを使って作ったもので人を傷つけたとしたら、誰が悪いのかと。3Dプリンターで本物のピストルなどができちゃうから」と言うと、壇弁護士も「そういうものについては、ちゃんと良い方向にイノベーションを進めていけるように、僕たちも頑張らなければと思っています」と襟を正す。

そして村井教授は、新しい技術について「“北風と太陽”みたいな話です」と例える。「北風だと誰にも使ってもらえないけど、太陽のようなものだと、みんなが羨ましがって使うようになる。つまり、これはすばらしい技術だと、先にポジティブサイドの広まり方をすることが大事です。たくさんの人に使ってもらえれば、悪用を止める知恵をみんなで出せますから」と語った。

■「金子さんが勝者かと言えばそうではない。そして、金子さんを失った僕も敗者です」(壇弁護士)

では、改めて、映画『Winny』が作られて良かったかどうかを尋ねると、多くの識者が「もちろん良かったと思います」と口をそろえる。どんな人に観てほしいかと質問すると、村井教授は、「ものを作るエンジニアが本作を観ると、共感して泣いちゃうと思います。だからこそ、そうじゃない人に観てもらいたい。法で取り締まろうとしている人や、エンジニアの家族に観てもらい、エンジニアのことを少しでも理解してもらいたい」と言うと、江崎教授も「警察の人に観てほしい。非常に重要なメッセージが入っているので」とコメント。

最後に「Winny事件」を勝訴に導いた壇弁護士が、こう締めくくる。「日本という国では、一度逮捕されたら二度と名誉回復できないんです。平穏な日々は失われて犯罪者扱いされる。実際に金子さんは、最終的に無罪になりましたが、いまだに『あいつは悪いやつだった』と言うやつもいます。この事件において警察は敗者です。かといって、失ったものを取り返せずに亡くなった金子さんが勝者かと言えばそうではない。そして、金子さんを失った僕も敗者です。誰も勝者のいないこの事件ですが、せめて、この映画を、いまの若い人たちに観てほしい。日本に金子勇という栄光なき天才がいたことを知っていただきたい。そして、彼の生き方を自分の勇気にしてもらいたいと思います」。

取材・文/山崎伸子
 
   

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