「交通弱者」という言葉がある。地域の公共交通機関が貧弱で、車がないと社会生活に支障をきたす人たちだ。主に高齢者や子ども、体の不自由な人が挙げられるが、状況次第では誰でも弱者の立場に陥る。

福島県浪江町では、暮らしに車が欠かせない。だが地元住民にとって、車が使えない場面は意外とある。こうした課題のひとつの「解」として実証実験が続けられているのが、スマートフォン(スマホ)ひとつですぐ車を呼び出せる交通サービスだ。
スマホに表示されるバーチャル停留所
2011年3月の東京電力福島第一原発の事故で、浪江町全体に避難指示が出された。JR浪江駅を軸にした沿岸部の一部地域で指示が解除されたのは、17年3月。だが常磐自動車道西側は広範囲にわたり、今も帰還困難区域のままだ。23年2月末時点の町の居住人口は1355人で、震災前の約6%に過ぎない。
記者は23年2月、町を取材で訪れた。浪江駅前には人も車も見当たらない。バスは1時間に1本、時間帯によっては2時間以上待つ。タクシーは台数が少ないと聞いた。行先が徒歩圏内ならよいが、目的地が遠方だと移動が困難だ。
駅のバス乗り場で、大型のタッチスクリーンを見つけた。町役場や「道の駅なみえ」、大型ショッピングモールといった行先が並び、タッチ操作で車を呼ぶ「なみえスマートモビリティ」(スマモビ)のサービスだ。日産自動車が22年2月、浪江町で実証実験を開始した。
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メインの呼び出しツールはスマホだ。専用アプリをインストールし、利用者登録しておく。乗車地は駅などの大型施設のほか、アプリに表示される地図から指定できる。ユニークなのは、地図上に「バーチャル停留所」が多数現れる点だ。町の中心部は徒歩1分以内に、郊外では利用動向を踏まえて登録者の自宅付近などに作られる。利用者の声を拾い、数を増やしている。遠くまで歩かなくても乗車できるので、特に子どもや高齢者は助かるだろう。
記者も、目印のない路上でアプリを開くと停留所が示されたので、その場で配車依頼。3分ほどで車が到着し、目的地の「道の駅なみえ」まで運んでもらった。料金は200円と、タクシーよりずっと安い。有料化したのは23年1月から。運賃は中心部からの距離に応じて、200円、300円、500円、800円の4段階に分かれている。
マイカー層が利用最多
町民にとって交通手段の柱は、マイカーだろう。だが、スマモビ事業を担当する日産自動車総合研究所・宮下直樹さんは、こう指摘する。
「免許返納したお年寄り、子どものほか、町外から車なしで来る人、それに免許を持っている大人でもお酒を飲んでいたら運転できません」
22年12月末時点での登録者数は1002人。1日の配車回数は平均40.8回を数える。年齢層でみると、利用最多は40~50代で、これはマイカー層と重なる。また町民利用者は全体の3割程度との話だ。出張ほか町外からの訪問者の割合が高いと言える。
浪江町のウェブサイトによると、町内で営業中のタクシー会社、運転代行サービスは各1社。タクシーは平日19時、土日は17時で原則終了する。スマモビは、木~土曜は夜21時30分まで運行するので、週末は「飲み会」帰りの働き盛り世代の間で利便性が高まりそうだ。
トータルで黒字なら
ただ、「スマホを使って呼ぶ」仕組みが、高齢者にはハードルにならないか。宮下さんによると、確かに60代以上でスマモビを利用しない理由のトップがスマホだという。ところが頻繁に利用する高齢者は逆に、「スマホで呼べるのは便利」と答える。それなら、スマホに不慣れな地元のお年寄りに使い方全般を教えようと考えた。