
3月11日、東京・大手町三井ホールにて、シンガーソングライターの小林柊矢がライブ『小林柊矢 one-man LIVE「ねぇほら笑ってよ」』を開催した。マスク着用の上で声出しが解禁されたライブで、「柊矢~!」と名前を呼ぶ客席からの声に、終始うれしそうに反応した小林。マイクを客席に向けるなど一緒に歌い、一体感あふれるライブを展開した。
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子供の頃から現在に至るまでの写真やムービーで構成されたオープニング映像。その中には幼い小林が「大きくなったら歌手になりたい!」と宣言するシーンもあり、夢が現実となって今日を迎えたことを思うと、親戚や友達のような近しい目線で胸が熱くなった。
「白いワンピース」で始まったライブは、小林の気迫あふれるパフォーマンスで観客を巻き込んだ。ポップで軽快なリズムに誘われ、会場には自然とクラップが広がる。間奏では言葉にならないかけ声のような小林の声が聞こえ、そこから興奮とうれしさと、様々な感情が伝わってきた。続けて「いくぞ!」というかけ声で一発気合いを入れ、「かけたてのパーマネント」を演奏。最後はバンドメンバーと向かい合って、息を合わせて楽曲を締めくくった。
この日は声出しOKのライブであり、MCでは観客とのやりとりを楽しんだ。少し躊躇している様子の観客に「恥ずかしいよね? 分かる。俺だって初めてだもん。お互い初めてだから、今日は殻を破って子供に戻って楽しみましょう」と小林。「今日を楽しみにしていた人?」「小林柊矢が大好きな人」など観客に問いかけ、客席から沸き起こる声に、「良かった、声出してもらえないんじゃないかと思った」と、うれしそうな表情と同時に安堵の顔も見せた。「今日という日は一瞬で過ぎ去ってしまう。だから1秒1秒をかみ締めて楽しんでいきましょう」と小林。冒頭のオープニング映像も、あっという間に過ぎ去る日々を走馬燈のように表現していたのかもしれない。
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鼻歌のようなフェイクを聴かせ、カウントをかけて始まったのは「スペシャル」。間奏ではバンドメンバーと共に美しいハーモニーを聴かせるなど、タイトルの通りこのライブならではのスペシャルなサウンドと歌声に、観客は惜しみない拍手を送った。ここからは切なくて胸を熱くさせるようなラブソングの数々が披露された。深呼吸するようなブレスの音から始まる歌声で、観客のハートを摑んだバラードの「君のいない初めての冬」。「矛盾」はピアノをメインにしたサウンドをバックに、マイクを両手でしっかり握りしめて、恋愛における切ない感情をエモーショナルに歌い上げた。
MCでは2月にリリースした1stフルアルバム『柊』についてトークを展開した。「親がつけてくれた大切な名前の一文字をつけることができてうれしい」と語った小林。また柊の葉っぱにはトゲがあることから、魔除けや厄除けとして使われることが多く、クリスマスリースなどに柊が使われるのは、そういった意味もあってのことだそう。柊矢という名前には、両親の愛情がたっぷり込められているのだろう。それを踏まえて小林は、「みんなを悲しみからそっと守ってあげられるようなアルバムになったらいいなと思って『柊』と付けました」とコメント。親から小林へ、小林からファンへ、そしてファンから――大切な相手を守りたいと思う気持ちの輪を、どんどん広げていきたいという、小林の思いが『柊』という一文字に表されていることを感じた。そんなアルバム『柊』からは、前述の「白いワンピース」や「スペシャル」に加え、「名残熱」「愛がなきゃ」「死ぬまで君を知ろう」など多くの楽曲が披露された。
このライブの特別な演出である弾き語りコーナーは、小林のエモーションが込められた歌い回しで、彼の持つ歌心を感じさせた。最近はよくピアノで曲を作ると話した小林。人生で初めてピアノで作ったという「茶色のセーター」では別れたいけど別れたくない、好きだけど嫌い、そんな心の葛藤を描いた歌詞と優しい声が、繊細なピアノとマッチ。観客は目を閉じて静かに聴き入った。また、アルバム『柊』のボーナストラックに収録された「小田急線」、2020年8月にデジタルリリースされた「ドライヤー」の2曲を、アコースティックギターの弾き語りで聴かせた。大切な人とのありふれた日常を描いた歌詞が醸し出す、大切でかけがえのない思い。愛おしい日々と、それとは背中合わせにある別れ。悲しみを携えた小林の歌声が心の琴線に触れ、会場には今にも泣き出しそうな人もいたように思えた。
「せっかくのワンマンライブなので、僕の弱いところを少し聞いてほしい」と、MCで胸の奥にしまっていた思いを吐き出した。「メジャーデビュー後、絶対に売れなきゃというプレッシャーがのしかかって、今でも不安な日々がずっと続いています。まだまだ未熟だけど応援してくれるファンやチームのスタッフなど、たくさんの人の愛でやってこられた。今日はそのことをすごく実感している。神様がそういう機会を与えてくれたのだなと思って、愛をかみ締めています。時代と共に僕の音楽は変わっていくかもしれないけど、皆さんへの愛の気持ちは絶対変わらない。これからもぜひ一緒に泣いて笑って、一緒に歩んでください」。その言葉に観客は大きな拍手と声援で応えた。終盤、タオルを回して会場が一体になった「私なりの」。コーラスを観客が歌い、それに応えるように歌う小林。コール&レスポンスとはまさしくこのこと。客席からは「柊矢、ありがとう」という声も聞こえ、小林も「こちらこそ」だよと答えた。
アンコールでは、ドラマ『なにわの晩さん!~美味しい美味しい走り飯~』(朝日放送テレビ)主題歌として、小林の名を広めた「笑おう」を披露。同曲のMVに出ていたキッズダンサーも登場し、振り付けと共に同曲を披露した小林は、客席に向かって「マスクしていても分かるくらい、今日イチの笑顔で笑いましょう」と呼びかける。会場には、どんな大きなライブ会場にも負けない「ラララ」と歌う声が響き渡った。
「ついてこい」でも背中を押すでもなく、一緒に。小林柊矢の楽曲は、隣に並んで一緒に歩んでくれる。そのことを体現したライブだった。弱さを隠すことなく、それでも元気で明るくて熱い。小林柊矢のライブは、なんだか元気をもらえる。(榑林史章)