「簡単に言うと、水の電気の通りやすさ、これが電気伝導度だ」
「水に電気が通りやすいってことは、イオンがあるってことなんだが……」
「やってみた方が分かりやすいかな」
ここまで久保田は話すと、実験台にある電気伝導度計を大河たちの方に向けた。
パッと見た感じお弁当箱のような電気伝導度計は、本体に大きめのメーターがついていて、五○cmぐらいのコードの先には電極がついている。
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久保田は、五○○mlビーカーに蒸留水を注ぎ、電気伝導度計の電極を蒸留水に沈めた。
「どうだい。メーターは動いたかい」
メーターをじっと見つめていた大河が答える。
「いや、全く動きません」
「電源が入っていないとか、壊れているとかではないですよね」と川原も答える。
そして久保田はこう言う。
「いや、メーターが動かないのが正解だ。蒸留水には『イオン』が全くないからね」
「要するに、この蒸留水ってやつは、混ざりもの一切なしってわけだ。純粋な水は実は電気を通さない」
川原は少し首をひねりながら、久保田に問う。
「では、ニシベツ川源流のここの水はどうなります?」
「さっき汲んでおいたから、早速測定してみよう」
久保田は、五○○mlのビーカーに入れられたニシベツ川源流部の水に、電気伝導度計の電極を沈めた。すると、わずかにメーターが動く。
「○・○五(mS/cm)かな」と川原がつぶやく。
「このように、自然の水には必ずイオンが溶け込んでいる。でもマシュウ湖の伏流水であるこの水は、ごくイオンが少ない。日本でも屈指の清浄な名水だよ」
「この水だからこそ、サケ稚魚は問題なく成長するし、川の中にはバイカモのようにきれいな水を好む水草がいっぱいある。バイカモにはたくさんの水生生物がいるから、放流したサケ稚魚の餌にもなる」
久保田は、少しずつ解説していく。
「でもこの水が、ちょっと下って、酪農地帯を流れ下るようになると、様子が一変する」
久保田は、化学肥料のサンプルを、薬さじでひとさじ取り出し、ビーカーの中のニシベツ川源流部の水に落としていった。電気伝導度計のメーターはすっと大きく動いた。
おおっ、と大河たちは声を上げた。
「化学肥料は塩の一種だから」
「塩が水に溶けるとイオンになる」
「電気伝導度計のメーターが大きく動くということは、イオンが多い。イオンが多いということは塩が多く溶けている。酪農地帯で言えば塩は化学肥料と言えるかな」
「結論から言うと、電気伝導度が高いってことは、河川水に化学肥料が多く溶け込んでいる可能性があるということになる」
ここまで久保田は解説すると、一息入れて、緑茶をぐっと飲んだ。
「そうすると、電気伝導度が高いってことは、化学肥料で川が汚されているってことが言えますね」出丸が目を輝かせて言った。
「可能性は高いってことだが、根釧原野では川を汚す原因は限られている。化学肥料と家畜糞尿、酪農排水ぐらいしか汚染源は見当たらないのは確かだ」
久保田は慎重に言葉を選んで話を進めた。
「そして、家畜糞尿や酪農排水にも、イオンが大量に含まれている」
「そうすると、川の周りに酪農家が多くて牛が多いほど、川は汚れるということが、予想される」
出丸は気になったことを口に出す。
「それを確かめた人はいるんですか?」
「いや、いない」
久保田はそう言うと、一息ついて意外なことを言った。
「そこで提案なんだが」
「君たちニシベツ実業高校水産科で、河川の電気伝導度を測ってみないか」
久保田の提案は唐突だったが、大河はすぐさま実行する価値があると判断していた。
「やってみましょう」と大河ははっきりと答える。出丸も川原もうなずく。
「ニシベツ実業高校にポータブルの電気伝導度計が何台かあるはずだ」
「水産科の富阪先生は水質に詳しい。富阪先生に話を通すといい」
「それから、河川の調査地点を選ぶには、役場の館内農林水産課長に相談するといい。漁業だけではなく酪農についてもよく理解があるから、いいアイデアを教えてくれるはずだ」
久保田が言い終わると、大河、出丸、川原の三人は、一礼をしてニジベツふ化場をあとにした。