
真田幸村のむすめ阿梅は、父の敵将であった伊達家の重臣、片倉家に養われる身となった。12歳の少女は異郷の地でおのれ一人の力を頼りに、周囲の信頼を得て確乎たる地歩を固めていく。日本一の兵と呼ばれる父の娘に生まれた少女・阿梅の力強い命の輝きと、戦中戦後を生きぬいた人びとを描いた感動の時代小説。※本記事は、伊藤清美氏の小説『幸村のむすめ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。
第一章 阿梅という少女
重綱さまには何人かの側室がいて、わたくしも人並みに嫉妬に苦しむことだってある。これで誰かが男子を出産でもしたら、気が狂うかも知れない。
「阿梅さんはここさ残るんでねすか?」
ということは、もう一人側室が増えるということなのだった。周囲にとってそれはもう既定の事実のようで、気づいていないのはわたくしと阿梅姉妹ぐらいだろう。だが阿梅にも近い将来、それが父左衛門佐どのの計画だと知る日が訪れる。
姉妹はそろって美貌だが、二人の印象はまるで違う。
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阿梅の双眸の強い輝きと無駄のない、それでいて舞うような立居振舞には、ひとの目を惹きつけずにはおかない華やかさと強さがある。生まれながらにもつ品格とでも言うのだろうか、幼い中にもすでにして威厳があるのだ。
一方の阿菖蒲は、ふっくらとした頬に細く鼻筋がとおった端正な面差しである。阿梅は父親似で阿菖蒲は母親の大谷(おおたに)氏の血を濃く受け継いだのかも知れない。
「阿梅は父御と母御のどちらに似ていると言われていたのかしら?」
阿梅は驚いたように針を持った手を浮かせ、小さな小袖から目を上げた。
「父親によく似ていると言われていました」
悲しいことを思い出させてしまったと思ったが、阿梅は何事もなく針仕事に心を向けているように見えた。父と兄の最期も知っている。母と妹のあぐりが紀州で捕縛され、徳川に差し出されたこと、一命を助けられて京に暮らしていることも知っている。