■スピルバーグの原点!『地上最大のショウ』と『アラビアのロレンス』
スピルバーグ監督が6歳の時に初めて観た作品と公言しているのが、セシル・B・デミル監督による『地上最大のショウ』(52)。ベティ・ハットン、コーネル・ワイルド、チャールトン・ヘストン、ジェームズ・スチュワートというオールスターキャストが一堂に会した本作は、サーカス団を舞台にライバル関係や恋の三角関係など様々な人間模様を描き、第25回アカデミー賞で作品賞などを受賞した。
クライマックスにサーカス団が乗る電車と車が大クラッシュするシーンが最大のスペクタクルであり、『フェイブルマンズ』ではそんな迫力満点の描写に心を奪われた主人公のサミー(ガブリエル・ ラベル)が、そのシーンを鉄道模型で再現しカメラに収めるというスピルバーグの原点がそのまま描かれている。
『地上最大のショウ』が原点なら、映画監督を目指すきっかけとなったのが『アラビアのロレンス』(62)だ。スピルバーグは、少年期に父の仕事の都合で住んでいたアリゾナ州フェニックスでこの作品を観て、本気で映画監督になりたいと思ったとインタビューで語っている。
本作は、デイヴィッド・リーン監督が、オスマン帝国からのアラブ人独立闘争を率いた実在のイギリス陸軍将校、トーマス・エドワード・ロレンスを主人公にその功績を描く歴史大作。第35回アカデミー賞では作品賞を含む7部門を受賞し、映画史にその名を輝かせ続けている。
上映時間207分という大作だが、諸事情によっていくつかのシーンがカットされている。その削除シーンを加え再編集した227分の完全版が1988年に作られているが、これはスピルバーグとマーティン・スコセッシの働きかけによって実現した。
なお、スピルバーグは新たな映画に着手する前や行き詰まった際に観る作品がいくつかあり、その1つがこの『アラビアのロレンス』。このエピソードからも、彼にとっていかに特別な映画であるかがわかるはずだ。
■スピルバーグが愛する“映画の神様”ジョン・フォード作品
『フェイブルマンズ』でサミーに大きなインスピレーションをもたらした人物として描かれているのが、“映画の巨人”ことジョン・フォードだ。例えば『フェイブルマンズ』で、ボーイスカウトの仲間たちと共にサミーが鑑賞し、着想を得る作品として登場するのが『リバティ・バランスを射った男』(62)。スピルバーグ監督作『ミュンヘン』(05)で、同作の本編が一瞬テレビで流されており、暴力を否定する作品のメッセージを示唆していた。
そんなフォード作品のなかで、スピルバーグが好きな作品としてたびたび名前を挙げているのが『駅馬車(1939)』(39)だ。アリゾナからニューメキシコまで走る駅馬車を舞台に、先住民による襲撃や無法者との決闘といった騒動が繰り広げられる。
スピルバーグは自身が関わった映画でもオマージュを捧げている。『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(81)で、走行するトラックの前から転落したインディ・ジョーンズがトラックの下を潜り抜けてカムバックするシーンは『駅馬車』の有名なスタントを彷彿とさせる。
また、スピルバーグが製作総指揮を務めた『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART3』(90)でも、1885年にタイムスリップしたデロリアンが、荒野でネイティブ・アメリカンと騎兵隊に遭遇するというオマージュが盛り込まれていた。
さらにコマンチ族に兄夫婦を殺され男が、連れ去られた姪を探す姿を描いた『捜索者』(56)もその影響を公言している1作。製作に行き詰まった時に原点に立ち返るために観る作品で、『フェイブルマンズ』の劇中でもポスターが映しだされていた。
なお『フェイブルマンズ』のクライマックスで、サミーがフォード監督から地平線の位置の重要性を問われたというエピソードが登場するが、これは実話。スピルバーグの画作りやアクション演出においてフォード作品がお手本だったことがわかる。
■『サイコ』『めまい』などヒッチコック的サスペンス演出
スピルバーグ作品といえば、観客をハラハラさせるようなサスペンステクニックも盛り込まれているが、その影響元と言えるのがアルフレッド・ヒッチコック監督だろう。若き日のスピルバーグが『引き裂かれたカーテン』(66)の撮影現場を見るために、ユニバーサルスタジオに忍び込んだというエピソードもあるほどだ。
各所でフェイバリットとしてヒッチコックの作品を挙げており、自身の作品でも技法を真似ている。寂れた宿で一晩を過ごすことになる女性の恐怖を描いた『サイコ(1960)』(60)での有名な目へのアップは『マイノリティ・リポート』(02)で引用している。
さらに『めまい』(58)での背景が伸び縮みするような“めまいショット(ドリーズーム)”も、『ジョーズ』(75)や『E.T.』(82)で取り入れている。
そんな敬愛するヒッチコックの遺作『ファミリー・プロット』(76)の現場を訪れたスピルバーグだが、その姿を見つけたヒッチコックによって現場から追い出されたという逸話も。アンクレジットながら製作総指揮を務めた『ディスタービア』(07)では、『裏窓』(54)の盗作として権利所有者から訴えられる(判決は認められなかった)など、なにかとヒッチコックとは相性が悪いようだ。
■キューブリック、キャプラ、黒澤…スピルバーグが愛する巨匠たち
そのほかにも多くの巨匠の影響を受けてきたスピルバーグ。例えばスタンリー・キューブリック監督については、『未知との遭遇』(77)を作り上げるにあたり『2001年宇宙の旅』(68)を参考にしたり、彼のアイデアを原案に『A.I.』(01)を作り上げたりとその関係性の深さは有名。いまもキューブリックが企画していたナポレオンの伝記映画企画を、ドラマシリーズとして製作している最中だ。
フランク・キャプラ監督の『素晴らしき哉、人生!』(46)もことあるごとに見返す作品の1本で、キャプラのヒューマニズム的な道徳観は『フェイブルマンズ』をはじめスピルバーグの多くの作品から感じることができる。
日本人として触れておきたいのが黒澤明監督の存在。『七人の侍』(54)はスピルバーグがよく見直す映画として名を挙げている。特にクライマックスのどしゃぶりの決闘シーンのようなダイナミックかつ激しい自然現象の演出は、『フェイブルマンズ』のハリケーン襲来シーンなどからも影響を感じ取ることができる。
また忘れてはいけないのが、黒澤自身が見た夢を基にした8編からなるオムニバス映画『夢』(90)。この作品は、前作『乱』(85)の興行的失敗もあり、国内での資金集めが難航していたところ、来日したスピルバーグが製作協力を申し出たことで実現した企画なのだ。
多くの名作からインスピレーションを授かり、自身も名作を生み出してきたスピルバーグ監督。今回挙げたのはごく一部だが、『フェイブルマンズ』と合わせてチェックすれば、より作品を楽しめることだろう。
文/サンクレイオ翼