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【小説】もう二度と会えないとしても、僕はただ祈り続けるしかない

幻冬舎ゴールドライフオンライン

「死んだら、パパもママも大切なリカに会えなくなるんだよ」

「二度と会えないの」

「そう、もう会えないんだよ」

自分の望まない言葉を置き去りにしたまま、親子は次の路地を左に曲がって行った。

その親子の残した瞑(めい)色(しょく)※2の漂う中をひたすら歩き、駅の改札を抜け電車を待つ人々やホームに立つ青色灯から離れ暗闇に佇(たたず)んで待っていた。

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※1 鵲の橋とは七夕の夜に織姫星と彦星の一年ぶりの再会に鵲という鳥が翼を広げ並べた橋のこと。男女の仲を取り持つ橋といわれている。

※2 瞑色とはうす暗い色。

定刻になると電車は音もなくホームに滑り込み、静寂(せいじゃく)の中プシューと大きな音をさせて扉は開いた。雨粒を払った傘をきちんと畳んで車内に入り、携帯の音楽ソフトのボタンを押して閉まったドアに体を預けると電車は動き出す。イヤホン越しに静かな前奏は始まり雨の日に決まって聞く曲が心の奥深くまで浸透し、歌の詞(ことば)と自分の想いが互いにもつれて絡み合ってゆく。

――もう二度と会えないとしても、話ができないとしても、僕はただ祈り続けるしかない。

それが遠く離れていく二人だとしても、この想いは忘れることはできない。

……たとえ、これが最後の別れの雨だとしても。

うつろな目で遠くに何か探そうとドアガラスの曇りを指でなぞるが、雨粒で霞んで外は見せてもらえない。そのうちに音楽は聞こえなくなり携帯のスイッチを切りポケットにしまう。

駅に着いた電車は彼の心を気遣うように音もさせずに優しくゆっくりと扉を開いた。

ホームに降り傘を差し俯いて歩く彼に別れを告げて電車は次の駅に向かうが、悲しみを湛(たた)えた心だけは降りられない。体から遠く離れていく心には探し求めているものがあるから……。

大学に行けば思い弛(たゆ)みはしたが、一人になると彼女が残していった静寂(しじま)の中に閉じ込められたままで心は漆黒の闇を彷徨い続けていた。

翌日はなぜか急(せ)かされる思いに駆られ、店長との会話もそこそこにして足早に駅に向かうと発車時刻をとうに過ぎた電車はホームで自分を待っていた。

発車を知らせるチャイムが鳴り、近くに駆け込むと同時に閉まるドア。

扉の窓ガラスに頭を預け携帯に繋がるイヤホンを耳に差し込み音楽ソフトを起動し曲を選ぶ。

動き出す車窓越しに外を見ようとするとガラスの中にいる人と偶然目が合う。その人は愁(うれ)いを纏(まと)う瞳で自分の心の中を勝手に覗き込む。それが嫌で目を反らすが相変わらず自分を見ているので、仕方なくもう少しガラスに顔を寄せると彼の視線はそこから消えてなくなった。

月明かりが照らした外をぼんやりと眺める。動けない自分をよそにページを捲るように次々と風景は流れ去ってゆく。その景色とともに自分とは逆方向に走り去る列車を見て、あれに乗れば時の流れを遡行(そこう)し、過ぐる日(過去)に連れて行ってもらえるのではないかと毎日思う。

視界の上には真っ直ぐにのびる架線、俯けば架線に並行して走る軌条(きじょう)、駆け抜ける電柱、ダメ出しを繰り返す踏切の赤信号、彼方から見つめる片割れ月、突然視界を遮るトンネル、あるはずの見えない川、窓ガラスを塗り潰す闇、どれもが自分を拒み残された空間に心の拠(よ)り所はない。

彼女と過ごした楽しい時空間、遠くから追いかける彼女の姿、優しい彼女の声を聞き何気なく交わした会話、柔らかなまなざし、すれ違った時の爽やかな香り、隣にいる居心地の良さ、明日も会えるという安心感、幸せな毎日、華やかな色がこの世界から一瞬で消えてしまった。

遂げられなかった想い、一度も呼べなかった名前、失うまで気づかなかった存在感、行き場のない虚しさ、切なくやりきれない気持ち、ただそれらだけが心の底にいつまでも纏わりついて離れず、儚(はかな)いものがあるという現実を思い知らされた。

自分の心が彼女の名前を呟(つぶや)くと曲は終わり、その余韻に浸り瞼を閉じて扉に寄りかかったまま堪(こら)える涙。携帯をポケットに押し込むと電車は止まり静かに開いたドアからホームに降りて改札に向かい、また今日も同じように歩き始める。なんのあてもないのに……。

その時、暗い夜空にある北十字星を構成する二重星※3の普段暗いはずの青色の星が彼に向かって瞬(またた)きを始めた。

それは宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』でアルビレオの観測所の青(サフ)宝玉(ァイア)と黄玉(トパーズ)として紹介された天の川の流れに沿って飛ぶはくちょう座のくちばし部分の三等星と五等星のアルビレオ・ベータ。天上の宝石と称えられる黄色のアルビレオAと青みがかったアルビレオBの美しい姿。

その青色の星の瞬きを待っていたフォーチュン(運命)の語源となったローマ神話に伝わる女神フォルトゥーナが手にする運命の車輪をゆっくりと回し始めたことでこの物語は静かに動き出してしまう。

※3 二重星は連星ともいわれ、接近して見える二つの星。

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