「あれ、君……」
男が話しかけてきた。俺はいよいよ焦った。いや、俺は別にあんたのストーカーとかでは……と、脳内で必死に釈明を始める。
「さっき、道で会ったよね」
男は爽やかな口調で言った。
「あー……」
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いきなり問いかけられ、俺は返事に困る。異性相手なら、なかなか洒落た展開なんだが……とつまらぬ考えが心をよぎった。
「この町のカーニバルに来たのは初めて?」
男は重ねて質問する。
「あ、ああ、まあ……」
もともと、この辺りはそんなに来ない場所だった。
「君は、緑と白、どっちが好き?」
「え……? 白……ですかね」
色? なんだ? 唐突な質問を実に自然に投げ掛ける才能を持った相手に、俺はたじろぐ。
「そうか。……よし、オニオンにしよう。……ありがとう!」
変わってるな、この人……。そう思い戸惑いを隠せずにいる俺に、なおも彼は話し続けた。
「僕も最近この近くに越してきたから、あまり慣れていないんだ。また会えたら、その時はどうぞよろしく」
「え……はい。……よろしく……」
……って、名前も知らない相手に何を言うのか。
「じゃ、また」
男は笑顔で片手をあげ急いでいる様子で足早に去っていく。男の向かう方向に、長い髪の女の子が待っていた。光沢のある滑らかな黒髪に何色ものエクステンションをしているが、見事な配色で淡いグラデーションに仕上げており、気高さすら感じさせる。遠くから横顔がわずかに見えただけだが、キレイな子だと分かった。あの男、ノーマルだったのか。変に警戒することもなかったな。それにしても、あのカップルが歩いていたらさぞ目立つだろう。
「あー……、俺の帰る家には、変な毛色のメスネコ一匹だっていうのに」
パンを買う時、店員さんが「こちらには卵が入っていて、そちらでしたら、牛乳も卵も不使用です」と、わざわざ説明してくれた。適当に後に言われたほうを選んでみたら、どことなく嬉しそうにしていた。
朝起きてからずっと、夢を見ているような一日だったな……と俺は思う。うちに帰ると、たっぷり寝て元気を蓄えたパセリがドタバタと部屋をかけずり回っていた。俺の物が、色々散らばしてある。長時間留守にすると、腹いせにネコがよくやる、あの行動だ。
「……まったく。もろにマニュアル本の通りに動くなよなぁ~。ネコ型ロボットじゃないんだから」
たまの休みに一匹で寂しかったのは分からなくもないが。
「みやげ」
一言、キッとにらみをきかせて言い、パセリは俺の手からパンの袋をかっさらっていった。それは俺の朝飯用なんだが……。
「こら、パセリ、お前はどうせそのままじゃ食わないだろーが」
パセリはふんふんと紙袋の匂いを嗅ぐと、つまらなそうな顔をして、余っているドライフードの方へ歩いていった。