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「ウチはね、こだわりの店なの」不思議な魅力を放つ喫茶店、その名も『パンタレイ』

幻冬舎ゴールドライフオンライン

喫茶店『パンタレイ』の店主“睦子”は、荒れ放題の廃園と化した裏庭を、自分好みの素敵な空間にしようと画策していた。そこで庭師“日置英二”を呼ぶことにする睦子だが、喫茶店の常連客でもある“耀子”、“彩香”、“マス江”の個性的な3人も色々な口出しをしてくるのだった。はたしてどのような裏庭になるのか――。豊かな描写で描かれる、庭師と店主、そして3人の常連客が織りなす物語。※本記事は、草原克芳氏の小説『庭師と四人の女たち』(幻冬舎ルネッサンス)より、一部抜粋・編集したものです。

庭師と四人の女たち

その喫茶店は、むかし使われていた水路を埋めた緑道の脇にあったので、まるでうねるように続く白い遊歩道自体が、おいでおいでをしてこの店に散歩者たちを誘い込んでいるように思われた。

小さな並木に囲まれたゆるやかに曲がった遊歩道が、お茶を飲む束の間のひとときへと導いてくれる。店の入口脇には、それほど太くはない白樺が、蝶々のような金色の木洩れ陽を、ちらちらと窓ガラスに投げかけて、不思議な効果を上げていた。

その白樺が、どことなく信州はアルプスの麓、たとえば安曇野あたりにある洒落た別荘仕立ての喫茶店を思わせた。白樺の幹には「喫茶パンタレイ」と書かれた、お伽噺めいた山小屋風の木の看板が掛けられていた。

この店に初めて入った客は、まず店主である幸田睦子の宣伝文句を聞かされることになる。

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「ウチはね、こだわりの店なの。まずお水でしょう。これは南アルプスの伏流水。それからサラダに使う野菜はね、おつきあいのある千葉の農園から取り寄せているの。もちろん、完全無農薬の有機農法よ。おつまみだって、松の実やクコの実や、生のアーモンドでしょう。ウチに通っていると、体が楽になる、軽くなるっていうお客さんも多いのよ。ちょっとした病気なら治っちゃうとか。もともと、バイブレーション、波動が違うのよねえ、『パンタレイ』の空間は」

東京とはいっても、もともと生産緑地や野菜畑や保存林の多い世田谷の奥のこの地域は、緑が道端のあちこちから異様な生命力で暗い炎のように噴き出していて、ひっそりとした住宅街に、一種独特の精気を与えていた。

喫茶店「パンタレイ」の裏庭も、四方のアパートや低層マンションに囲まれた数十坪ほどの中庭になっており、多種多様な植物が乱雑に生い繁り、この廃園ふうのパティオでは、蝶々が花の雄しべ雌しべに口を突っ込み、羽虫が舞い上がり、昆虫たちが暗がりで交尾し、蚯蚓やモグラが地中の闇を進み、小さな虹色の蜥蜴たちが、石の上では日向ぼっこをしていた。

「言っておくけど、わざとしているのよ。あたしこういう雑然とした廃園のような風景の方が、ぜんぜん落ち着くんだから。知ってるかしら。ターシャ、ターシャ……。ええと、何ていったかしら? 駄目ねえ、最近物忘れが多くて。あ、そうそう、ターシャ・テューダー。有名な絵本作家のターシャ・テューダーの庭みたいにしたいのよ、あたし。ああいうのは、イングリッシュガーデンて言うのかしら」

睦子ママは、コーヒーサイフォンから溢れてくる白い湯気に顔を曇らせながら、得意げにそう主張する。四十代半ばの彼女は、真っ黒な直毛のおかっぱ頭で、刈り上げた襟足のV字型が印象的だった。

「ほら、よくフランス映画なんかに出てくるじゃない。エリック・ロメールなんかの。風が吹いて、木立の葉っぱが白く翻って、南フランスの光の中にきらきらしているの。ううん、もちろんここは、あたしの庭じゃないことは確かだわ。大家さん? あそこの生産緑地の奥入ったところの武内さん、武内康太郎さん。花水木通りの脇を入ったとこの石塀に囲まれた大きなお家よ」

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