
高度医療にたどり着くまでのハードルが高い地方では、同じ病気を発症しても依然として諦めるしかないケースが後を絶ちません。地方で動物医療の格差に挑んできた獣医師・川西航太郎氏が、実情を解説します。
地方の動物医療の現実
大切なペットが体調を崩したとき、少しでも早く動物病院に連れていってあげることで、重大な病気であっても助かる可能性は高まります。しかし、動物病院は大都市のほうが圧倒的に多いため、地方の飼い主にとっては必ずしも利用しやすいとはいい難く、いわばペットの命の地域格差というべき問題が起きているのが現状です。
農林水産省の「令和3年飼育動物診療施設の開設届出状況(診療施設数)」によると、全国のいわゆる動物病院、ペットクリニックに該当する施設数は計1万2435件ですが、上位5都府県である東京都(1816件)、神奈川県(1133件)、大阪府(829件)、埼玉県(786件)、愛知県(704件)ですでに計5268件と全体の半数に迫るほどの数を占めており、一方では18県で2ケタ台が並びます。
人口の集中する地域にクリニックが多いことは当然ですが、自宅からクリニックまでの距離が遠ければ遠いほど、初診を受けるまでの時間や通院の手間という面で明らかな差が生じ、結果としてペットの健康に直接影響します。また、地方にある数少ない動物病院が、必ずしもあらゆる動物の病気・ケガの治療に十分な設備を取りそろえているとは限りません。不足する場合には治療できるほかの病院を紹介してもらうことになりますが、このときにも、通院の負担は大きな問題になるのです。
首都圏なら治療できる病気も「諦めざるを得ない」実情
実際にどのような問題が起きるのか、ペットの容体が悪くなって近所のかかりつけ医を受診し、「血液の数値異常が見られるので、検査機器のそろった首都圏の動物病院で精密検査を受けたほうがいい」と診断されたときの飼い主の対応です。
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飼い主Aさんは、車での移動に片道2時間もかかることに難色を示しました。私は獣医師として早く検査して治療することを勧めましたが、Aさんは連れていくことはできない、ダメなら諦めると決断したため、今できる対応として症状を軽減する薬を処方し、様子を見ることにしました。
飼い主Bさんは、精密検査を希望して予約するものの、2週間待ちと言われてしまいました。そこで私の病院でできる検査から病気を推定し、治療しながら様子を見ることを選択しました。
飼い主Cさんは、精密検査を希望してすぐに首都圏の動物病院に向かったのですが、移動中の車内でペットの容体が急変し、動物病院に到着した際にはすでに手遅れの状態でなんの処置もできませんでした。
飼い主Dさんは、精密検査ののち、首都圏の動物病院で手術を受けました。術後の処置のために頻繁に通院することを求められましたが時間のやり繰りが難しいため入院治療を選びました。容体は落ちついているものの、様子が気になって見にいくことも多く、心身ともに疲弊した毎日を過ごしたようです。
それぞれの状況を踏まえ最善の選択をしているのは間違いありませんが、どの事例も誰ひとりとしていちばん望んでいる治療ができていません。残念ながらこれが地方の動物医療の現実です。自院で検査や治療ができないケースで飼い主が希望する場合、対応可能な病院を紹介します。私は茨城県水戸市でクリニックを営んでいますが、市内には高速道路もあるため、都内までは車で2時間ほどで到着します。
とはいえ、体調を崩して苦しんでいるペットを都内まで連れていくことは飼い主にもペットにも簡単なことではありません。同じ茨城県内の北部地域から車で1時間かけて来院した飼い主が都内での精密検査を勧められ、さらに2時間かけて都内へ向かうのは不可能ではないものの、相当な肉体的・精神的負担を強いられます。