「偶像音楽 斯斯然然」第100回記念特別企画としてお届けする、有馬えみり(PassCode/LADYBABY)と冬将軍の対談の後編。2人の馴れ初めや、LADYBABYの活動、アイドルシーンの中でのLADYBABYとPassCodeの立ち位置などをテーマにした前編を経て、今回は、有馬に影響を与えた音楽や冬将軍の音楽業界でのキャリア、裏方や特典会に対する考えについて語り合った。全編にわたって、音楽、バンド、アイドルへの深い愛が溢れた2人のトークセッションをご堪能いただきたい。
『偶像音楽 斯斯然然』
これはロックバンドの制作&マネジメントを長年経験してきた人間が、ロック視点でアイドルの音楽を好き勝手に語る、ロック好きによるロック好きのためのアイドル深読みコラム連載である(隔週土曜日更新)。
有馬えみり(PassCode/LADYBABY)×冬将軍「偶像音楽 斯斯然然」第100回記念トークセッション【前編】「あたしは徳川家康です」
有馬さんはいいDNAを受け継いで、素晴らしい音楽の英才教育を受けてきた(冬将軍)
有馬:
冬将軍さんって、ルーツがSMD(LADYBABYプロデューサー)さんと似てるというか。
冬将軍:
同い歳で同郷、神奈川県横浜市出身です。隣町とまではいかないけど割と近いですね。だから環境も聴いてきた音楽も似てるんだと思います。横浜市出身者って謎の連帯感があるんですよ、地元愛が強いというか、「横浜市歌」を歌ったり、何か変な体操をやらされたりしたからかもしれない(笑)。
有馬:
羨ましいな、私は自慢できる地元じゃない。神奈川って“サグ”って感じじゃないですか。
冬将軍:
あはは! そんな悪い街じゃないですよ。あ、でもSMDさんのところは悪いけど(笑)。
有馬:
黒人音楽、ブラックミュージックって、白人に虐げられてきた成り立ちをしているじゃないですか。日本でいうと、川崎とか横須賀とか、神奈川なんですよ。
冬将軍:
あはははは!
有馬:
“工場の音がうるさかったから、それをかき消すようにヘヴィメタルを聴き始めました”とか言ったら、めっちゃカッコよくないですか。
冬将軍:
新しい厨二病的な(笑)。
有馬:
あたしは自分の好きな、あの時代の音楽を調べて遡ることしかできない、それが悔しいんですよ。でも冬将軍さんは一緒に歩んできてる。90年代からずっと音楽を聴き続けて、今のメタルやアイドルを理解することができるじゃないですか。いいですよね。
冬将軍:
そこは世代によっての歩みがあるから……でも、有馬さんは好みの音楽が90年代に多いわけか。
有馬:
そうなんですよ、激しい音楽が日本で市民権を得ていたのが90年代〜00代初期だったから、その時代に意識がなかったのが悔しくてならないですね。
冬将軍:
そこは以前、別のところでインタビューした時も言ってましたよね、“KORNをリアルタイムで聴きたかった”って。
有馬:
そう、あたしはCrystal LakeのRyoさんのスクラッチシャウトをリアルタイムで“おっ!”って思ったんですよ。でも本当はKORNのボイスパーカッションシャウトにリアルタイムで影響を受けたかった、悔しい。
冬将軍:
『Life Is Peachy』(1996年)のドアタマ、「Twist」からの「Chi」とか。
有馬:
あれ、めっちゃいいですよね!
冬将軍:
あれ出た時覚えてますもん、町田のディスクユニオンで買ってきて。家で聴いて“なんだこれ!”って。
有馬:
いいなぁ。
冬将軍:
そういう有馬さんの音楽ルーツの話でいうと、お父さんの影響が大きいんですよね。
有馬:
そうですね。ボズ・スキャッグスとか家にめっちゃCDがあって、昔バレエをやってたんですけど、ボズ・スキャッグスでバレエを練習していたんです。でも3歳か4歳だからボズ・スキャッグスなんてわからないじゃないですか。で、大人になってから、遡って音楽の歴史を調べるうちに、“あれ? これ知ってるな”って。「Georgia」っていう曲だったんですけど、“この曲で踊ったな”って後から繋がってくる感じ。だから影響は受けたんですけど、どっちかというと、あたしが勝手に聴き始めたものは、実は過去に聴いていた、繋がったみたいなことが多かったですね。“ホワイトスネイクやビートルズいいよね”って、お父さんに言うと、喜ぶんですよね。当時の人だから。そこからビートルズが歌に歪みを混ぜ始めた、それを広めた人だっていうのがわかったり。で、そこで盛り上がって。お父さんはお父さんで、今の世代のことを知ろうとしてくれて。KORNとかアーキテクツとかも聴いて、ジョナサン・デイヴィスのHow To動画を一緒に観てるっていう親子です。
冬将軍:
そのジョナサン動画を親子で観てる話、大好きですなんですよ(笑)。お父さん、幅広いですよね。ボズ・スギャッグスからKORNまで。
有馬:
私も、ボズ・スキャッグスからKORNですよ……?
冬将軍:
あはは! それはもちろんです。
有馬:
そして、アイドルの歌詞も書きますし!
冬将軍:
いいDNAを受け継いで、素晴らしい音楽の英才教育を受けてきたと思います。
有馬:
お父さん、バンドマンで作詞作曲をしてたので。
冬将軍:
加えて、オーストラリアの血も入ってるし。
有馬:
そう、おばあちゃんがオーストラリアに住んでいるので。よく、ファンの人から、“えみりちゃん、オーストラリアとイギリスのクォーターどっちやねん!?”ってめっちゃ訊かれるんですけど、オーストラリアって、イギリス領だったんですよ。だからイギリス人の血だけど、国籍はオーストラリア、っていうのが正しいんです。
冬将軍:
ああ、おばあさんの世代だと現在のコモンウェルス・オブ・ネイションズ(イギリス連邦)よりもっと、イギリスからの影響が大きいですよね。

広告の後にも続きます
有馬えみり(PassCode)撮影:Shingo Tamai
合唱曲として歌える状態のものがほぼ初めての作曲でできました(有馬)
有馬:
逆に、冬将軍さんはご家族に音楽の関わりは?
冬将軍:
ないです、まったくない。
有馬:
えー! 音楽って、遺伝らしいですよ。それを知ってから、家族に音楽やってる人がいないのに音楽の仕事をずっとされてる方って、マジですごいなって思うようになって。あたしは本当に遺伝だったんですよ。高校の卒業ソング作ったんですけど、わりと進学校だったんです。“ウチらで伝説作りたいね”なんてことを言い始めて。でも曲作れる人がいないってなったんですけど、その時“あたし、作れるな”と思ったんですよ、作ったことないのに(笑)。それで作ったら、できたんですよ。ピアノの伴奏も作って、歌詞を書いて、メロディを作って。合唱曲として歌える状態のものがほぼ初めての作曲でできました。だから“遺伝や!”って思ったんですよね。
冬将軍:
すごい! でもやっぱり2世ミュージシャンって、どこか親の影響を感じますし、バンドマンの親を持ったアイドルって、たまにいるんですけど、リズムの取り方が一緒だったりして、面白いなぁって思います。
有馬:
そういうのありますよね。周りの音楽やってる人、音楽好きな人の話を聞くと、やっぱり親がギターやってたとか、ピアノの先生だとか。音楽に関係あるんですよ。まったくないんですか?
冬将軍:
ないです。だからというわけではないけど、自分は才能ないなと思って、バンドで生きていくのはやめようと。わりと早い段階で裏方に回ったタイプです。
有馬:
すごい経歴ですよね、バンド→A&R→ライターって感じでしたっけ?
冬将軍:
大まかに言うとそうですね。
有馬:
あの、すごい事務所の……。
冬将軍:
ああ、赤い髪のエイリ……ですね。そこでA&R、制作ディレクター、そのあとは●●の事務所でマネジメントやったり。それより前は、某ギターメーカーの音楽専門学校で働いてました。それこそ有馬さんもよく知ってるベーシストも先生をやってた。
有馬:
あ、そうだった。冬将軍さんも先生やられてたんですか?
冬将軍:
自分は「新人開発セクション」っていう学生をデビューさせるっていう部署。アーティストになりたい学生のための就職相談窓口。
有馬:
ああ、自分も専門行ってたからわかります、お世話になりましたもん。
冬将軍:
業界へのプレゼンとか、オーディション窓口とか。それに公にできないオーディションもかなりあるんですよね。“いつでここのギターが抜けちゃうから、即戦力のこんなギタリストいないか?”みたいな案件が水面下で来るので、学生のいろんなプレイスタイルを把握しながら業界に送り込むっていう。
有馬:
うんうん、確かにそういう窓口があって。あたしはミュージシャンじゃなくて、作詞コースだったから“こういうコンペあるけど、どう?”って投げてくれる人がいました。
冬将軍:
まさにそういう仕事です。
いっぱい考えても何も言えなかったり、言わないことが美学だったりもする(有馬)
有馬:
今、いろんな影響もあって、その楽曲をクローズアップして書いてくれることを嬉しいと感じるアイドルさん、いっぱいいると思うんですよ。自分で言うのもあれですけど、LADYBABYもPassCodeも憧れるアイドルさんが多いグループだと思うんですよね。そういう憧れを持つ人は、楽曲を聴いてほしいってあたしたちと同じように思ってるはずなので。長く音楽業界にいろんな形で携わってきた冬将軍さんに、記事を書いてもらえるのはめっちゃ嬉しいんじゃないかなって思います。
冬将軍:
そういっていただけると光栄です。A&Rやディレクターからライターになったことが、自分の強みかなとは思ってるので。アーティストにダメ出ししてた人間が、アーティストを褒める立場になった。言うなれば“検事から弁護士になった”みたいな(笑)。
有馬:
だからもっと言えばいいのに“○○の××やってた”って。Twitterのバイオグラフィに書きましょうよ。
冬将軍:
隠してるわけではないので、訊かれたら言いますけど、自分からは言わないですね。そういうの自分から言うと胡散臭いから(笑)。
有馬:
そういうところが素敵だと思います。でも、胡散臭い人いますよね。これは作家としての意見なんですけど、自分で作っていくアーティストは“この歌詞はこうで、この曲はこうで”って説明するとファンは喜ぶと思うんですけど、作家はそれとは違うじゃないですか。完全に提供させていただく方のために書いている、それ以上でもそれ以下でもないんですよ。だから、いっぱい考えても何も言えなかったり、言わないことが美学だったりもするんですね。だから冬将軍さんのこの連載や裏方をクローズアップする企画(『偶像音楽 シン黒子列伝』)があれば、自分から発していくことができない裏方に光が当たりつつ、でもアーティストみたいに目立ちすぎるわけでもなくってという、そういう形があってめっちゃいいと思います。
冬将軍:
あれはずっとやりたかった連載で。広義の意味でのクリエイターをピックアップしたいと思って。作曲者、楽曲制作者はもちろんなんですけど、カメラマン、振付師もピックアップしてきて、今後も広げたいなと思っているんですよ。
NEO JAPONISM サウンドP・Saya[インタビュー前編]クリエイターとしてのアイデンティティ「加藤颯と松隈ケンタ、この2人がいなかったら今の自分はない」
PassCode、バンもん!からAppare!、白キャン、ネオジャポまで カメラマン・真島洸[インタビュー前編]アイドルスチールの第一人者「アイドル写真を撮るのはゲームです、音ゲー」
振りコピヲタクが売れっ子振付師になったワケ コレオグラファー・いどみんインタビュー[前編]「振りコピの精度を高めるためにダンス教室に通い始めた」