
人類史上最悪とも言われる放射線汚染を引き起こしたチェルノブイリ原子力発電所の周辺が、人間が消えたことから動物たちの楽園になっていることはよく知られている。
『Science Advances』(2023年3月3日付)に掲載された研究によれば、原発事故以前、その周辺飼われていた犬たちの子孫も、立ち入り禁止地域でたくましく暮らしているようだ。
低レベルの放射線を長期間浴びることによる生物への影響はまだよくわかっていない。
チェルノブイリの犬たちは、それが私たちの遺伝子や健康にどのような影響をもたらすのか解明する大切な手がかりであるという。
チェルノブイリ原子力発電所事故の余波●
1986年4月26日未明、当時ソ連領だったウクライナの都市チェルノブイリで原子力発電所が爆発し、大量の放射性物質が放出された。それから数ヶ月のうちに、発電所の労働者と駆け付けた消防士をはじめとする約30人が放射線中毒で死亡。周辺地域では、植物が枯れ、昆虫が死ぬなど、さまざまな直接的な被害が出た。
また周辺で暮らしていた数千の住人が避難を余儀なくされ、ペットとして飼われていた犬たちも置き去りにされた。
それから数日後、捨てられた動物たちはソ連当局が送り込んだ処理班によって殺処分されている。動物がほかの地域に移動することで、放射能汚染を広めるのではと懸念されたからだ。
だが、中には殺されることなく生き残った犬たちもいたのである。
Chernobyl Created the World’s Rarest Dogs
チェルノブイリの危険地域で暮らし続け、子孫を残した犬たち
サウスカロライナ大学の進化生態学者であるティモシー・ムソー氏は、2017年からボランティアの獣医として、チェルノブイリ周辺の立ち入り禁止区域で暮らす300頭ほどの野良犬たちを診察してきた。診察の合間に採取された採血サンプルのDNAからは、ある意外なことがわかっている。チェルノブイリの犬たちは、どこからか移住してきたわけではなく、もともとそこで暮らしていた犬だったのだ。
その遺伝子を東欧の野良犬のものと比べてみたところ、発電所周辺の犬たちは原発事故から数十年の間、孤立して生きてきたことが判明したのだ。

事故当初は犬が移動することで汚染が広がるのではと懸念されたが、そのようなことがほとんどないことも判明した。
つまり捨てられた犬たちは放射性物質に汚染された環境で生き延びて、子孫を残すことができたのだ。
事故現場からわずか15キロ離れた場所は、チェルノブイリ市の10~400倍ものセシウム137で汚染された。そんな状況でも犬たちはたくましく生きてきたということだ。

チェルノブイリの犬が低レベルの放射能汚染の影響を教えてくれる
原発事故による低レベルの放射性物質汚染がチェルノブイリの犬たちに与えた影響は、これから調査されることだろう。原子炉周辺のオオツバメやミバエでは、遺伝子の突然変異が異常なほど多いことが報告されている。
だが現実に、立ち入り禁止地区の犬に起きた遺伝的な変化のうち、どれが放射線によるもので、どれがそれ以外の要因(近親交配や放射性物質以外の汚染など)によるものなのか、区別することは難しいという。

それでも、そこで暮らす犬の祖先についての情報と、チェルノブイリの犬たちが浴びてきた放射線レベルについてのデータは、今後の研究を進めるうえで格好の題材だとムソー氏らは考えている。
ウクライナの戦争は終わる兆しを見せないが、それでもムソー氏らはこの地域で研究を続けようとしている。
だがウクライナを訪れる人が減り、食べ物のおこぼれをもらえなくなった犬たちは、これまでとは違う難局に直面しているようだ。
ムソー氏らは、NGOと協力して、そうした犬たちの支援も行なっている。
References:What Chernobyl’s stray dogs could teach us about radiation / Dogs Of Chernobyl Are Now Genetically Different To Others In The World | IFLScience / written by hiroching / edited by / parumo