「日本のフランス」と呼ばれるこの街には、東京に住むフランス人の約4分の1が住んでいるとも言われている。
現地の味を知り尽くしたシェフとそれに誘われたフランス人ゲストたちが作り出す空気は、他の街では体験できない。
東京の「リトル・フランス」は溢れる異国情緒でふたりの夜を高揚させていくのである。
神楽坂が誇るフレンチ・ビストロを、2日連続でご紹介!
1.知る人ぞ知る住宅街の裏路地で距離の縮まるビストロに出合う
『ラ・グラティチュード』
飲食店の気配など、まるで感じさせない閑静な住宅街。
淡いオレンジの灯りに照らされた赤いギンガムのテーブルクロスはド直球に“フランスの街角にあるビストロ”の風情が漂う。
この道40年のシェフの答えは、シンプルながら旨いフレンチ
神楽坂下で17年に亘り愛されたビストロ『ル・ロワズィール』が、屋号を変えて矢来町に移転オープンしたのは2017年のこと。
店の名前に、感謝を表すフランス語「ラ・グラティチュード」を選んだのは、シェフの大坂尚久さんの「これまでの料理人人生の素直な気持ちから」だという。
移転後、テーブルのクロスは白からギンガムチェックに、メニューも凝ったものから気負わずシンプルなものへと削ぎ落としたが、前菜からメインまで、素材の持ち味を活かす熟練の技は変わらず冴え渡る。
白レバーのムースとコンフィの2種類が楽しめる「お肉屋さんのオードブル盛り合わせ」1,320円。
滑らかでねっとりとした味わいがワインを進ませる。
そんな「日常使いできる骨太フレンチ」がむしろ現地のスタイルを彷彿とさせると、舌の肥えた大人たちを歓喜させている。
サービスを担当するマダムのやわらかな接客も心地よく、気づけば杯を重ねているのもここの常。
南フランス産のワインを中心に、オレンジワインも。
ボトルは4,400円~と良心的な上、カラフェでも頼むことができる。
本場のデセールでもっと甘い夜に……
青森県産の紅玉が出回る2月末ごろまでの限定デザート「タルトタタン」550円。
これ目当てで予約するゲストがいるほどの冬の名物。上品な酸味が後を引く。
◆
フレンチといえど、旨いものはシンプル、そんなことを気づかせてくれる良店だ。
■店舗概要
店名:ラ・グラティチュード
住所:新宿区矢来町57
TEL:03-3266-0633
営業時間:12:00~(L.O.21:00)
定休日:不定休
席数:テーブル16席
2.パリらしさを貫く一軒が本物志向のふたりに刺さる
『ル・クロ・モンマルトル』
開店以来、ずっと同じ場所でゲストを出迎えるビストロの人気店。それが昨年、25周年を迎えた『ル・クロ・モンマルトル』だ。
パリの風情をそのままに体験できると、多くの客が絶大な信頼を寄せる。
神楽坂通りの賑わいを背中に感じつつ、小さなテラスから漏れる灯りを目印に
黄色と赤の小花柄のクロス、黒石のフロア、温かみのある丸いランプ。そしてキッチンから漂う、食欲を誘う香り。
『ル・クロ・モンマルトル』に流れるパリのビストロさながらの空気感は、店がこの地で築き上げてきた歴史そのものだ。メニューも然り。
25年間守り続ける、実直で温かいフランス版・おふくろの味
フランス人オーナーの故デュランさんが掲げた店のコンセプト、”毎日食べたくなる味”を、ともに店を立ち上げた現オーナーの平林良記さんが誠実に守り続けている。
キッシュ、パテ、レバームース、サーモンのタルタル……と、料理はオーソドックスなフレンチがざっと30種類。
シーズナルな1品も黒板に並ぶが、多くのゲストはスペシャリテの「ブイヤベース」を筆頭に、オープン当初から変わらない定番をオーダーするという。その理由は、絶対的な味への〝安心感〞ゆえ。
ワインもフランス産のみ、という貫かれた信念こそ、この店の魅力。その手堅さが大人なふたりにちょうどいい。
レトロな趣のビンテージポスターが壁面を彩る。
木製のイス一つひとつにくくりつけられたクッションなど、アットホームな雰囲気も随所に。
つい長居してしまう居心地の良さだ。
■店舗概要
店名:ル・クロ・モンマルトル
住所:新宿区神楽坂2-12 Ryo1神楽坂 1F
TEL:03-5228-6478
営業時間:【月・火・木・土】ランチ 11:30~(L.O.13:30)
ディナー 18:00~(L.O.21:00)
【水・金】18:00~(L.O.21:00)
定休日:日曜
席数:テーブル30席
3.東京のビストロ変遷を50年以上見届ける名店があった
『西洋料理 夏目亭』
創業は1970年。フレンチともイタリアンとも、あえてジャンルにこだわらず、「西洋料理」を掲げてオープンした“夏目亭”。
令和を迎えてなお、その名が守られる理由とは。
脈々と受け継がれる夏目スピリットが光る料理
『西洋料理 夏目亭』の創業の地は、麹町三番町。
店を開いたのは、青山学院大学卒業後、ヨーロッパ各地で料理修業を経て帰国した夏目安彦シェフだ。
フレンチに限らず、西洋料理自体がめずらしかった時代。正攻法でその道を極める者も多かったが、夏目シェフは「フランス料理がベースだが、あえてジャンルにこだわらない」というスタイルを貫いた。
今でこそ当たり前となった”旬の食材を活かし、日本人の舌に合う西洋料理”を当時、誰よりも早く実践したことは、店の今後を決定づける。
番町というお屋敷街に暮らす富裕層は元より、近くのテレビ局に出入りする”新しいもの好き”の業界人の間で、知られる存在となった。
仔牛のすね肉の煮込み「オーソブッコ」4,300円。
87年には瀬田、89年に広尾と移転が続く中、96年には俳優の故・藤村俊二さんが青山に開いた伝説的なバー『オヒョイズ』の料理長に就任。
そして、同店のクローズと共に、神楽坂へと移転してきたのは2011年。
この地に決めた理由は「たまたま」というが、以来10年以上、『夏目亭』は変わらずに営業を続けている。
現在、店を切り盛りするのは、『オヒョイズ』時代からソムリエを務める荒川 裕さんと、瀬田時代から夏目シェフと共に厨房に立ってきた篠田義信さん。
店のコンセプトはそのままに、「3種の野菜のオムレツ」や「スモークサーモン」など、店の看板メニューも脈々と受け継がれている。
だが、ふたりとも「絶対に守らなければ」と気負っているわけではない。
「足を運んでくださるゲストがいる。それがすべてです。もちろん、三世代で訪れる方もいますけど、ネットから予約して来られる新しい世代の方もいる。僕たちは、誰に対してもフラットであること。それが一番大事なことだと心がけています」とは荒川さん。
面白いのは、男性の利用客が多いという点だ。
ある日のディナーでは50代以上、それも男性ばかりということも少なくないという。
夏目シェフは藤村俊二さんと深い親交が
神楽坂のフレンチの多くが女子会ランチ、記念日デートとして利用される傾向を思えば、なおさらだろう。
SNSマーケティングやターゲティングといったことに踊らされないところもまた、安心感につながっている。
地に足の着いた落ち着いた空間で、かしこまることなく旨い西洋料理を味わいたい。そんなストレートな欲求に寄り添ってくれるのが、『夏目亭』が愛され続ける理由なのかもしれない。
■店舗概要
店名:西洋料理 夏目亭
住所:新宿区神楽坂3-2 林ビル 2F
TEL:03-5206-5137
営業時間:【月~金】ランチ 12:00~(L.O.14:00)
ディナー 18:00~(L.O.21:00)
【土・日・祝】ランチ 12:00~(L.O.14:00)
ディナー 17:30~(L.O.21:00)
定休日:不定休
席数:カウンター8席、テーブル22席
◆
都会のど真ん中に堂々と広がる「リトル・フランス」は、東京に慣れた大人たちにも新たな刺激を与えてくれている。
この街のフレンチが醸す本場の臨場感を体験すれば、きっと誰もが神楽坂の虜になるに違いない。
明日公開の後編もぜひチェックしてほしい。
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