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日本アニメが映画の世界市場を切り崩す? 『すずめの戸締まり』の評価で考える“現在地”

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 だいたい、どこの国際映画祭でもこんな感じにワールドプレミア優先なので、映画祭での受賞を狙う作品はワールドプレミアで勝負することが一般的だ。新海誠監督の『すずめの戸締まり』は、日本ではすでに公開されていて、他の国では公開されていないので「インターナショナルプレミア」となる。ベルリン国際映画祭はインターナショナルプレミアでも応募資格はあるが、やはりワールドプレミアを優先する傾向があるので、そのハンデを覆して選ばれたことになる。(※2)

 マーケット機能については、多くの映画祭が上映だけでなく見本市を開催しているケースが多い。カンヌのフィルムマーケットは世界最大規模で、毎年何百社がブースを構え、1万人近くのバイヤーや関係者が世界中から訪れ、有望な新作が売買されている。ベルリンでは「ベルリン ヨーロピアン・フィルム・マーケット」という見本市を開催しており、ヨーロッパではカンヌに次ぐ規模のマーケットだ。

 配給会社や映画を売りたい製作会社にとっては、コンペなどの表の賞レースよりもこちらのマーケットの方がメインの参加理由だったりする。もちろん、賞を受賞すればより売りやすくなるので、賞の結果も重要だが、賞レースに参加していない作品も多数売買される場所となっており、大きなマーケットを持つ国際映画祭は、世界の映画産業を動かす中心地と言っていい。もちろん、コンペで受賞すればそれだけ売買も活発になるので、映画を売りたい会社にとっても賞レースは非常に重要だ。

■日本アニメと国際映画祭

 『すずめの戸締まり』は、日本アニメとして『千と千尋の神隠し』以来、21年振りのコンペ参加だ。久しぶりの快挙なわけだが、そもそもこうした有名国際映画祭にアニメーション作品が選ばれること自体が珍しい。

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 実際、この21年間にベルリンのコンペに選ばれたアニメーション作品は、2018年のウェス・アンダーソン監督『犬ヶ島』、2017年の中国アニメーション『Have a Nice Day』、2011年のミシェル・オスロ監督『夜のとばりの物語』の3本のみ。毎年、20本前後の作品がコンペに選ばれる中、たったこれだけなのだ。

 なぜアニメーションが選ばれないのか、いろいろ複雑な理由があるのだろうが、事実上、国際映画祭は実写映画を評する場になっていることは確かだ。映画祭の賞は、毎年選ばれる映画人の審査員によって決められるが、そのメンバーはほとんどが実写映画の有名監督や俳優、プロデューサーである。

 そういう環境なので、アニメーション作品が受賞するのは、かなり珍しいことだ。『犬ヶ島』は銀熊賞という次点の賞を獲得しているが、ウェス・アンダーソン監督は実写映画でも実績を残している作家だ。一方で、宮﨑駿監督はアニメ専門の作家であり、『千と千尋の神隠し』が最高賞である金熊賞を受賞したことは、同映画祭の歴史の中でも極めて異例のことだ。

 映画祭にはアニメーションを専門とするアニメーション映画祭もある。アニメーション映画祭は、実写中心の映画祭との差別化を図るためか、実写にはないユニークな運動を評価する場という側面が強い。アニメーション映画祭で高い実績を残してきた日本の作家といえば、湯浅政明監督や山村浩二監督が挙げられるが、自由闊達な運動をアニメーションで生み出すこの2人のような作家がアニメーション映画祭では高く評価される傾向がある。そのように、実写中心の国際映画祭とアニメーション映画祭はなんとなく棲み分けているのだ。

 そのように棲み分けられている世界の中、日本アニメはベルリンの『千と千尋の神隠し』を皮切りに、カンヌに押井守監督『イノセンス』(2004年)を、ヴェネチアに今敏監督『パプリカ』(2006年)、宮﨑駿監督『ハウルの動く城』(2004年)、『崖の上のポニョ』(2008年)、『風立ちぬ』(2013年)、押井守監督『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』が選ばれた。ここ20年では、日本以外の国のアニメーション作品は、カンヌに『シュレック2』(2004年)、『ペルセポリス』(2007年)、『戦場でワルツを』(2008年)、ヴェネチアには香港の『チェリー・レイン7番地』(2019年)など数本しかないことを考えると、日本アニメの実績はなかなに高いと言えるが、このブームも2000年代で終息してしまった。

 新海誠の『すずめの戸締まり』は、こうした先達の巨匠に並ぶ快挙だ。『千と千尋の神隠し』が日本アニメへの注目を広げたのと同様、『すずめの戸締まり』が再び国際映画祭の目をアニメーションに向けさせるきっかけとなるかもしれない。

 ちなみに、『すずめの戸締まり』がベルリンに選ばれた背景は、作品の高評価は大前提だが、ヨーロッパ屈指の映画配給・セールス会社「ワイルドバンチ」と契約したことも大きいはずだ。いくら作品が優秀でも、プログラマーの目に留まらないことには選ばれないわけで、こういう力あるセールス会社と契約することで作品を観てもらいやすくなるということはあるだろう。是枝裕和監督のパルムドール受賞作『万引き家族』もワイルドバンチが海外セールスを手掛けている。

 国際映画祭への参加といえば、近年は細田守監督が積極的だ。直近2作がカンヌのコンペ外部門に選ばれているが、フランスのシャレードという会社が海外セールスを担当していることも後押しになっていると思われる。

 要約すれば、実写中心の映画祭では日本アニメ(というかアニメーション全体)はいまだ「アウェイ」だが、その壁を曲がりなりにも何度か崩した実績があり、一部の作家が有力なセールス会社にも注目され始めている、といったところだろう。

■日本アニメは米中の市場支配に一矢報いる存在?

 近年、日本のアニメ映画が海外で大きな興行成績を収める話題も増えてきた。

 2021年には、日本アニメの世界市場は2兆7400億円を記録したという。(※3)牽引役は配信だが、映画館での実績も伸びている。

 世界の映画市場で支配的なのは、ハリウッドと自国に巨大な市場を持つ中国だ。この2カ国が年間の世界興行収入ランクの上位をほぼ占める。だが、例外的にこの2カ国以外で、年間の世界ランクベスト50位以内に入る勢力が3つだけある。

 インド、韓国、そして日本アニメだ。

 2022年は、『ONE PIECE FILM RED』25位、『すずめの戸締まり』38位、『THE FIRST SLAM DUNK』40位、『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』45位がランクイン。インドは『RRR』30位、『K.G.F: Chapter 2(英題)』が45位の2本、韓国からは『犯罪都市 THE ROUNDUP』が39位だ。(※4)

 2022年から2018年の過去5年間でも、上位50本には米中以外ではこの3カ国しか入っていない。

 つまり、日本アニメは、アメリカと中国という世界市場を支配する2カ国に、なんとか一矢報いることができる3勢力の1つというポジションにいる。

 配信市場はもっと群雄割拠な状態だが、その市場においても、日本アニメは有力なジャンルとして認識されているという状況だろう。

 もっとも、「Anime」という英単語はすでに日本製の作品のみならず、日本アニメ風のルックの作品全般を指す単語となっており、Animeで流通している作品全てが日本製というわけではない。グローバルなアニメマーケット(マーチャンダイジングなどを含めた広義のマーケット)は、2030年には56億ドルと今の倍近くの規模に達すると予測する分析もあるが、その中で日本製の作品がどの程度シェアを取れるのか、これから競争は激しくなっていくだろう。(※5)

 そうした市場の競争の中で、国際映画祭で注目されることにも大きな意義があるだろう。有名映画祭で受賞すればそれだけブランド力の強化につながるし、新海誠監督のみならず、他にも優秀な作家がいるのではと世界の映画祭が目を向けるようになるだろう。

 コロナ禍を経て、米中の二極支配が崩れつつある中、日本アニメにも大きなチャンスが来ていることは確かだと思う。インドや韓国などのライバルとともに、世界シェアを増々拡大していってほしいと思うし、映画祭やアカデミー賞などの芸術的評価の場でも一層の活躍を期待したい。

■引用・参照
※1:第35回東京国際映画祭 | コンペティション2022 規約 https://www.tiff-jp.net/entry/competition2022/
※2:73rd Berlin International Film Festival – Call for Entry 2023 – Asian Film Festivals https://asianfilmfestivals.com/2022/09/15/berlin-international-film-festival-call-for-entry-2023/
※3:「アニメ産業レポート2022」刊行のお知らせ | 日本動画協会 https://aja.gr.jp/info/2049
※4:2022 Worldwide Box Office – Box Office Mojo https://www.boxofficemojo.com/year/world/2022/
※5:The Worldwide Anime Industry is Expected to Reach $56 Billion by 2030 – ResearchAndMarkets.com | Business Wire https://www.businesswire.com/news/home/20220908005764/en/The-Worldwide-Anime-Industry-is-Expected-to-Reach-56-Billion-by-2030
(杉本穂高)

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