top_line

癒されたいあなたへ。どうぶつニュースはこちら

坂本龍一が提示する“合理性に消費されない音楽体験” 自然と共鳴したアートを追求していく創作や取り組み

Real Sound

 2020年には第2弾として『2020S』を300部限定で制作。“日本を象徴するもの”というテーマをもとに、宮崎県・諸塚村で育った桐材を使用した特注の木箱を採用。そこへ坂本が2020年に制作・発表した楽曲を集約したアナログ盤計7枚と、陶芸家・岡晋吾が製作した皿に坂本が絵付けをし、その皿の割れる音で新曲を書いた陶器の破片(陶片のオブジェ)と専用のスタンド、生物学者・福岡伸一との対話が集約された冊子が同封し、日本と古くからゆかりのある大麻布で包んだ。木箱は引き出し状で、記憶の扉を一つずつ開くように作品を楽しめる仕様となった。また、『2020S』に使用しているものは自然物のため、環境や経年によって異なる変化が見えてくるという、購入から数年に渡る楽しみがあるのも面白い。

惰性からの脱却が“消費されない音楽/アート”へと繋がる

「音楽そのものがアートであるはずなのに、“もの”としてリリースするとたちまち“消費物”になってしまう」

 『2020S』の制作過程で伺った話で最も印象的だった言葉だ。何かをこだわればこだわるほど、アーティスト側にも購入者側にも金銭的な負担が大きくなる。手軽なサブスクやダウンロード配信が盛んな今、その重みはより増している。しかし、コストパフォーマンスにのみ焦点を当てたままでは、アートの域を狭めることになり、感性も剥がれ落ちてゆく。

 実際に『Ryuichi Sakamoto 2019』は10万円(税抜)、『2020S』は20万円(税抜)とかなりの高額商品で、泣く泣く断念した人も多いことだろう。だからこそ、どんな人たちがどんな想いを込めて制作したのか、その価値と意味を打ち出し、それらに納得して購入してもらえるように促した。坂本自身も何度も現物をチェックし、手触りや仕上がり、使いやすさまで厳しく指摘した。一つの“アートピース”として完成度を高めるために、だ。

広告の後にも続きます

 サブスク時代によって、単にフィジカル化すれば良いという惰性は通用しなくなったともいえる。坂本はこの「Art Box Project」を通して、音楽家、もとい一人の芸術家が“もの”をリリースすることの意義や、音楽を包む“もの”自体にまで目を向け、強い思いとこだわりを持って仕上げることが “消費されない音楽”に繋がるのだと、我々に提示したのではないだろうか。 

more treesを介した環境にやさしい作品づくり

 坂本のこだわりは、アート性だけではない。かねてから環境問題に目を向け、森林保護活動に取り組んできた坂本は、音楽作品にもその思いを反映させている。

 坂本は、細野晴臣、高橋幸宏、中沢新一、桑原茂一らと発起人となり、100名以上の賛同人とともに2007年に、一般社団法人more treesを設立。同団体は企業や自治体と協力し、国内外17カ所に森を作る“more treesの森”の推進や、国産材を活用した商品やサービスの企画・開発、啓蒙活動などを行っており、坂本は代表理事として就任している。先述で紹介した『2020S』で使用した宮崎県・諸塚村産の桐材も、“more treesの森”によるもので、坂本自ら「more treesの木を利用したい」と発案したそうだ。

 more treesでは、森づくりによってCO2が吸収される量をもとに、植林・森づくりによる「カーボンオフセット」(人間の活動によって排出される二酸化炭素を“オフセット=相殺”するために、森づくりや自然エネルギーを導入すること)という概念とアクションを一般に浸透させるための活動を行っている。

 avexと坂本らによるレーベル commmonsでは、2008年6月以降のリリース作品の全てをカーボンオフセットCDにしており、生産・流通・廃業のプロセスで排出すると推定されるCO2の排出量を、more treesがフィリピン・キリノ州で取り組む植林プロジェクトによって相殺しているという。こうした森林保全活動と音楽活動を繋いだものづくりも、坂本ならではの業といえよう。

 “もの”を作るという行為は、必ず自然と結びついてくるものだ。さらにいえば、人間の生活そのものが、自然と深く結びついている。しかし、そう実感する機会は意外と少ないもので、我々はどこか“選択をしないこと”に慣れてしまっている。こうした坂本の取り組みは、普段何気なく手に取るCDが何でできていて、我々や自然にどのような影響を与えるのかを考えるきっかけにもなるはずだ。そして、環境へ配慮ある行動を選択できるということを知り、意識する人が増え続ければ、世の中はより良い方向へ変わっていくだろう。坂本は、言葉だけでなく音楽作品を通しても、身をもってそう提示し続けるのだ。

 自然と密接的な作品づくりは、音楽そのものにも影響しているのは言うまでもない。北極圏で採取した環境音を取り入れた『out of noise』(2009年)を一つのターニングポイントとし、坂本は自然が生み出す音を、音楽を構成するためのリソースとしてではなく、ダイレクトに音楽へと持ち込んだ。『async』(2017年)の制作において、坂本は「自然の外部性である“余白”と、人間の技芸の50:50で作った」(※3)と語ったように、音と音の間に生まれる“余白”と音を繋ぐ“技術”を半々に、非同期的音楽を実現してみせた。そして自然の余白への憧憬は、最新アルバム『12』(2023年)へと続いている。大学生時代から影響を受けていたという“もの派”を代表する美術家・李禹煥が今作のアートワークを担当しているというのも縁深い話だ。

 我々は手軽に、かつ合理的に音楽をディグできる恩恵を受けている分、音楽やそれに付随する“もの”がもたらしてくれる体験を忘れつつないだろうか。外袋を開け、中身を取り出し手触りを楽しみ、音楽を再生する。お気に入りのアートワークだから飾ろう、歌詞カードやライナーノーツでより深堀してみよう。それら全てを含めて“アート体験”となる。それはサブスクやダウンロード配信が主流となった今も消えることがない確かな文化だ。

 坂本をはじめ、音楽作品自体をアートにするべくさまざまな取り組みを行うアーティストたちが、今後も増え続けることを楽しみにしているとともに、これからも時代に左右されず、音楽の価値が守られることを心から願っている。(宮谷行美)

※1:https://shop.mu-mo.net/st/special/rsartboxproject2020/contents/
※2:https://www.gqjapan.jp/culture/article/20200328-ryuichi-sakamoto-2019
※3:https://www.fujingaho.jp/culture/interview-celebrity/a40267616/ryuichi-sakamoto-bookshelves-08-lee-ufan/

  • 1
  • 2
 
   

ランキング(音楽)

ジャンル