
桐野夏生さんの新作『真珠とダイヤモンド』(毎日新聞出版)が出た。上下2巻で600ページを超える大作である。バブルの時代の証券会社を舞台に、一発逆転を狙う2人の女性を主人公にした物語だ。

バブル期をテーマにしたノンフィクションはバブル紳士の数だけさまざまあるが、小説では、林真理子さんのバブル三部作とも言われる『不機嫌な果実』、『ロストワールド』、『アッコちゃんの時代』が有名だ。
『アッコちゃんの時代』は、「地上げの帝王」と呼ばれた不動産会社社長の愛人を経て、女優を妻に持つ有名レストランの御曹司を虜にし、狂乱のバブル期の伝説となった女性がモデルだった。
それらは、まだバブルの余韻が残る頃に書かれた作品群なので、熱がすっかり冷めきった現代において、バブルをどう描くかという興味で読んでみると、意外と熱かったのである。
証券会社の福岡支店が舞台
1986年、証券会社の福岡支店に同期入社した伊東水矢子と小島佳那の2人がヒロイン。同期と言っても、佳那は短大出で、水矢子は高卒だったので待遇は異なる。佳那は営業部のフロントレディで株や投資信託などの商品を売るが、水矢子は雑務をこなす事務職だった。
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女子社員の派閥から弾かれた2人はしだいに仲良くなる。進学資金を貯めるまでの腰掛と考えていた水矢子に対して、佳那はばりばり働いて金を貯めて、ゆくゆくは東京で暮らすという夢を持っていた。
2人と同期入社の望月という男性社員が登場し、物語は動き出す。熊本の私大出身で、「空気を読まない無礼者」というレッテルを貼られていたが、どこか飄々としていた。
証券会社を「体育会の部活のような場所」と例えている。
「荒々しくて声の大きな男たちが、ここぞとばかりに吠えまくる。学歴も容姿も実家の資産も何も関係なく、ともかく成績さえ上げれば、男たちの上に立てて威張れる世界だった」
猛烈なノルマと飛び込み営業が課せられ、辞めていく者も多い。福岡支店に7人いた男性新入社員は、夏前には半分に減っていた。
「このシンプルかつ粗野な世界に、学校の成績は優秀であろう九大卒のインテリや、坊ちゃん育ちの西南学院卒の男が務まるはずもなかった。残ったのは、ともかくどんな手を使ってもひと旗上げよう、という上昇志向の強い男たちばかりだった」
望月が起死回生のターゲットに目をつけたのは、福岡の病院長の息子、須藤だった。水矢子の姉と以前交際していた須藤に、水矢子から紹介された佳那が中期国債ファンドを300万円売ったことを知り、須藤に食い込もうとする。2人で須藤の一族から金を吐き出させようという望月と佳那は手を組む。
望月は脅迫じみた手を使い須藤から1億円の契約を取り、いきなり支店のナンバーワンになる。それからは父親の病院長にも近づいて5億円の契約を取り、さらに病院長親子からの紹介で、次々と新しい取引先を開拓。「福岡支店の望月」という名は有名になった。