
150年前、東京への遷都により活気を失った京都で、いかに生きるかを悩む公家出身の青年・万条房輔。府立療病院・初代御雇い医学教師ヨンケルに師事し、西洋医術を学ぶものの、彼と医学校との不穏な関係を感じ取り——。日本の医療の転換期を描く、圧巻の歴史小説。※本記事は、山崎悠人氏の小説『維新京都 医学事始』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。
序章
明治二十一年(西暦一八八八年)十月
大御門は鍋に手を伸ばしながら、あっさりと万条の頼みに応えてくれた。
「それなら、元老院の長与(ながよ)専斎(せんさい)先生を紹介してやるから、相談すればいい」
「え、長与先生……」
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万条はぎょっとした。長与は元東京医学校の校長で、今は衛生局長と元老院議官を務めていた。大坂で緒方洪庵の適塾を出た後、幕末に長崎で学び、明治四年には岩倉使節団の一員として欧米を視察したこともあった。いわば日本の医学界の元締めのような人物だったが、万条が複雑な表情をしていると、大御門は怪訝な顔で訊いてきた。
「どうした? 何か問題でもあるのか」
「いや、何でもない……」
「今晩のうちに推薦状を書いてやるから、持って行くといい」
大御門は早々に話を切り上げ、また美味そうに肉を頰張った。
「ところで、少し前の話だが、同志社の新島襄(にいじまじょう)先生が、井上馨(かおる)大臣の家で倒れられたのを聞いたか?」