
それなりに幸せだった日々を手放し、心から望む人生を歩んでいく。簡単なようでとても難しく、時には誰かを傷つけてしまうこともあるけれど――。人を愛する喜びと尊さを描いた恋愛小説。※本記事は、范優生氏の小説『エンゲージ・リング』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。
第三章
職場を出て、自転車で潮風を切って走る。線路沿いに走ると、途中から店に着くまで緩い上り坂になるが、ちょうど風が気持ちいい気候だった。道の端には桜の花びらが重なっていて、道沿いの桜はほとんど葉桜になっていた。店の前に自転車を停め、キャップを被り直してドアを引く。
「おっ、真希ちゃん。久しぶり。元気だった?」
シェイカーを振りながら、マスターが視線と声をこちらへ向けた。
「うん。ごめん、久しぶりになっちゃって」
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「そんなこと、気にしなくていいんだよ」
カクテルをグラスに注ぎながら、視線で私をカウンターへ案内してくれる。やっぱり、マスターの雰囲気って、落ち着く。
「優しいねぇ、相変わらず。で、お隣さんは?」
長身の美しい女性がマスターの隣に立っていた。
「今月から入ってもらっている、安奈ちゃん」
「矢野安奈と言います。はじめまして、真希ちゃん」