
ロックバンド「クリープハイプ」のボーカル・ギターの尾崎世界観さんは、『母影』(新潮社)が芥川賞候補になるなど、小説家としても活躍している。音楽で人気を博しながら、小説にも挑戦しようと思った理由は?
バンドでメジャーデビューして3、4年経っていて、このままずっとバンドを続けていきたいけど、そこから逃げるような、あえて逃げ道になるような表現も欲しいなと思っていましたね。
音楽だけがある状態だと、そこに対して負の感情が生まれた時にどうしようもなくなってしまうので、このままだったら嫌いになってしまう可能性もあるなと思って。
その「逃げ道」になったのが、文章だったという。
「週に1回街の本屋さんに足を運んでもらおう」と、東京都書店商業組合が立ち上げたプロジェクト〈#木曜日は本曜日〉。毎週木曜日に著名人・インフルエンサー・作家が「人生を変えた本」を紹介する、〈東京○○書店〉が更新中だ。これまでに上白石萌音さん、加藤シゲアキさん、呂布カルマさんらが登場した。
第17回は〈東京尾崎世界観書店〉。「逃げ道」を探していた20代後半の時に出会った、人生を変えた本とは?
もう一回「できないこと」をするのが嬉しい
尾崎さんを小説の道へと導いたのは、知人にすすめられて読んだという、古賀史健(ふみたけ)さんの『20歳の自分に受けさせたい文章講義』(星海社)。古賀さんはライターで、ベストセラー『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)の著者の一人だ。尾崎さんは「いまだにここに書かれていた書き方をしている」のだそう。「何回も読むと影響を受けすぎるから、あえて一回しか読んでいない」という。
画期的な方法が書かれていても、その文章が良くなかったらこうしたいなと思わないと思うんですけど、自分でもやってみたいなと思うことが多いということは、(古賀さんの)文章自体がすごく良いんだろうなと思いながら読んでいましたね。
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「逃げ道」を模索していた時にこの本を読み、「道が拓けた」そう。この出合いが、現在の小説家としての活躍につながっているのだ。
20代後半の出合いから約10年、今の尾崎さんにとって「文章を書くこと」とは?
文章を書くというのは難しくて。歌詞はいくらでも書けるんですけど……特に小説を書くのは難しいので。
音楽を始めた頃は、(音楽が)圧倒的に「できないこと」だったんですけど、だんだんできるようになってきて、それがちょっとずつ認められて、(音楽で)生活できるようになったということに対して、文章・小説を書くっていうのは本当に「できないこと」なので、もう一回「できないこと」をやり直せるのは嬉しいですね。そういう(意味での)「逃げ道」ですね。
自分以外の変な人を見ると安心する
さらに尾崎さんが紹介したのは、村上龍さんの連作短編集『ライン』(幻冬舎)。半殺しにされたSM嬢、男の暴力から逃れられない看護婦、IQ170のウエイター、恋人を殺したキャリアウーマンなど、一癖も二癖もある人々のエピソードがリレー形式で描かれる。
尾崎さんいわく、この小説の登場人物は「みんな変な人ですね。変態しか出てこない」。でも、そんな変な人々の姿に「安心する」のだそうだ。
10代の頃とかも、自分がおかしい人間、ヤバいやつだってずっと思っていて。でもやっぱり、一人で(自分は変だと)妄想している時の感じってどうしようもなくて。
そういう時に村上龍さんの小説を読んだりして、「ああ、もっとヤバい人がいる」と思って。それが文章・小説になっていて。わかりやすいヒーローよりも、そういう変な人のほうが自分にとっては救いでしたね。

村上さんの小説に登場する変な人たちに対して、「友達できたな」と思い、心地よさを感じているのだという。彼らと同じように「変な人」だと自称する尾崎さんの音楽や小説もまた、どこかで誰かを救っているのかもしれない。
動画後半では、東京都文京区にある往来堂書店へ。以前文庫フェアに参加したり、店長の笈入建志(おいり・けんじ)さんをラジオ番組に招いたりと、尾崎さんとは何かとゆかりのある本屋だそうだ。