
NHKの朝ドラはヒロインとそれを取り巻く人々の人生が描かれる。時代設定が現代であれば、幼少期、学生時代、社会人、結婚、そして次の世代へとつないでいく。
参考:『舞いあがれ!』おもしろセリフの裏側に漂う日本社会の変化 地元密着の描写は吉と出るか
『舞いあがれ!』(NHK総合)では、舞(福原遥)の友人・久留美(山下美月)が八神(中川大輔)からプロポーズを受けて結婚することに。だが、強敵が現れそうな予感……。ここで鍵を握るのが、彼女の父・佳晴(松尾諭)の動向だろう。彼はどのようにして2人を後押ししていくのだろうか。
振り返ると、佳晴はこれまで久留美に迷惑をかけてばかりだった。まだ、彼女が看護専門学校に通っていたころ、仕事を転々としていた佳晴は警備員をしていた。しかし、捻挫をして退職することに。彼は、それを知った久留美に一方的に責められたことで「お前はあいつ(出て行った母親)と一緒に行ったらよかったんや」「結婚でも何でもしたらええがな」と暴言を吐いてしまう。
まさに娘をガッカリさせるダメな父親。だが、その奥底には栄光のラガーマンだった時代から転落した彼の心の傷があった……。だからといって「仕事をしなくていい」「娘を傷つけていい」とはならないが。
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久留美に金をせびったり、何もせずに寝転がったりしている姿を見ていると「父親だろ!」と背中を叩きたくなるし、あの何をするにも「だって、しょうがないやんけ……」と言わんばかりの表情で娘と接するシーンを見ると「ダメだな~!」と感情的になってしまう。ただ、彼が前向きに仕事をしているときや、久留美の誕生日を覚えていたときは心が和んだ。苛立つことも多いけど、久留美の幸せを願う視聴者としては、なんだかんだ気になるキャラクターではある。
佳晴演じる松尾諭は、そうやって“娘に迷惑かけっぱなしの父親”を見事に演じ、存在感を示してきた。
おおよその人が「ドラマ・映画で一度は観たことがある」と断言できるほど、数多くの作品に名を連ねている松尾。映画『チェリまほ THE MOVIE ~30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい~』(2022年)、ドラマ『PICU 小児集中治療室』(2022年/フジテレビ系)のほか、NHK朝ドラにいたっては『てっぱん』(2010年後期)、『ひよっこ』(2017年前期)、『わろてんか』(2017年後期)、『エール』(2020年前期)と出演。また、彼のエッセイ『拾われた男』(文藝春秋)が仲野太賀主演で2022年にドラマ化されたことも記憶に新しい。
一般的に松尾のような有名バイプレイヤーは「個性派」として認識されている。確かに、演技、雰囲気、間(ま)、台詞回しなど見ていても個性的だが、武器はそれだけじゃない。松尾を見ていると感じる「親近感」に似た感情は、彼にしか生み出せないものだと思う。安心して演技を観ていられるだけでなく、彼の佇まいや空気感がごく自然で「自分の生活圏内にいそう」と感じてしまうのだ(もちろん物語の設定にもよるが)。簡単そうに見えて、これが一番難しい技術ではないだろうか。
思えば『舞いあがれ!』の佳晴もそうだ。近所にいそうな、あるいは同級生の“おっちゃん”にいそうな、松尾の佇まいと演技力が本作に安定感をもたらしている。だからこそ、二十数年のキャリアの中で、本作含めて5作もの朝ドラに出ているのだろうし、ドラマ・映画と引く手あまたな状態が続くのだろう。
さて、佳晴は久留美の結婚にどう関わってくるのか。これまで見捨てることができたのに、父親を一人っきりにさせなかった久留美。彼女への恩返しのためにも、最後は佳晴が娘を支える立場になって、逆転のトライを決めてほしい。(浜瀬将樹)