
現在放送中の北川景子主演のフジテレビ月9ドラマ『女神の教室~リーガル青春白書~』。未来の法曹界を担う若者たちが通うロースクール(法科大学院)のリアルな日常と教員と学生たちの成長を描くリーガル青春群像劇に、歌舞伎俳優の尾上松也が出演している。
参考:尾上松也、後鳥羽上皇は見事なはまり役に 『鎌倉殿の13人』ラスボスとしてみせた人間味
尾上が演じるのは、正義感の強く、心優しき警視庁捜査一課の刑事・風見颯(かざみ・はやて)。前クールの『親愛なる僕へ殺意をこめて』(フジテレビ系)の残虐な半グレ集団のカリスマリーダーとは正反対の役となる。あまりの振り幅の広さに、観ているこちら側の感情が追いつかないほどだ。
振り返れば、2022年の尾上は出る作品、出る作品で違った表情を見せ、歌舞伎の「早変わり」のごとく変幻自在だった。1月期は『ミステリと言う勿れ』(フジテレビ系)と深夜ドラマ『まったり!赤胴鈴之助』(BSテレ東・テレビ大阪)を掛け持ち。前者ではお調子者の刑事・池本優人を演じ、後者では“顔芸”、モノマネを駆使したコメディ色全開で江戸時代から令和にタイムスリップした剣士・赤胴鈴之助を熱演した。4月期は木曜劇場『やんごとなき一族』(フジテレビ系)に出演し、“松本劇場”と話題をさらった深山美保子役の松本若菜の怪演を、気の弱い夫・明人として引き立てた。
極め付けは10月期。『親愛なる僕へ殺意をこめて』で扮した金髪で全身に刺青が入ったサイは、全身から殺気を漂わせ、立っているだけで凄みを感じさせた。同時期にNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に後鳥羽上皇役として登場していたことも、尾上の演技力の高さを際立たせた。蹴鞠をたしなむ高貴な上皇と拷問にこだわりを持つアウトローなサイ。両極端な悪役を演じ分ける力量は並大抵のものではない。
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池本優人、赤胴鈴之助、深山明人、そしてサイこと佐井社。『鎌倉殿の13人』以外は漫画が原作ということもあり、いずれの役もクセが強い。『まったり!赤胴鈴之助』に本人役として登場した場面で「クセつえーんだよね、あの尾上松也って俳優よー」と自虐するセリフがあったが、こうした個性の強いキャラクターを尾上が楽しんで演じていることが伝わってきた。そのポジティブな空気は、彼が演じるキャラクターの人間的な魅力や作品への共感につながっている。
尾上が本業とする歌舞伎は、女方(女性の役)、立役(善人の男性役)、敵役(悪人の役)と年齢・職業・物語上の役割などによって役柄が分けられ、演技や衣裳・かつら・化粧などによって分かりやすく類型化されている。そのため、善人か悪役かが外見上明らかで、演技も映像作品よりも基本的にはオーバーアクションになる。こうした歌舞伎の過剰な表現は、漫画が原作の一癖も二癖もあるキャラクターを作り上げる上ではプラスに働くのだろう。
しかしながら、作り上げたキャラクターを表現するには「藝」が不可欠だ。その点で尾上は5歳で初舞台を踏み、10代の頃は女方を中心に数多くの経験を積んできた。歌舞伎の世界では標準的なキャリアと言えるが、ドラマ・映画で活躍する同世代の俳優と比べれば圧倒的に場数が違う。後鳥羽上皇の雅で色気のある所作は女方の経験から醸し出されるものだし、『半沢直樹』(TBS系)以降すっかり歌舞伎俳優の専売特許となっている、表情筋を自在に操る“顔芸”も、歌舞伎の「見得」によって鍛えられたもので一朝一夕に真似できるものではない。
歌舞伎で培った経験を土台に、コミカルからシリアスまでこなし、主演を担う実力を備えながら助演としても存在感を発揮する尾上。『女神の教室』の風見颯は久々に演じる“普通の役”だが、それだけでは終わらない予感もある。尾上がどんな新境地を見せてくれるのか。2023年も引き続き注目だ。(山田桜智子)