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松尾潔が2022年に注目した3曲の歌詞 ポップミュージックにおける“言葉”の重要性についても考える

Real Sound

ーー災害や戦争によって故郷を失うことは、誰にでもあり得る。

松尾:そうですね。知っている顔がまったくいなくなってしまった場所を故郷と呼べるのだろうか? 異郷の地であっても、昔馴染みの人たちがいたほうが故郷だと感じるのではないか? と考えると、故郷とは人ありきの概念と言えるかもしれない。天童さんの「帰郷」も、そういったテーマや社会性、時事性を織り込むことで、歌としての強度を高めたかったんです。軍靴の響きが聞こえてきそうな時代においてーータモリさんの「新しい戦前」という言葉も注目されましたがーー“何かあれば故郷はなくなってしまうものかもしれない”という視点を入れないと、コンテンポラリーな歌にならないだろうなと。

ーー古き良き望郷ソングを現代的な歌へとアップデートさせた、と言えるのかもしれないですね。

松尾:はい。僕はR&Bをずっとやってきて、トレンドの先頭に立つことを是とする競争の場にいたこともありました。そこから降りたわけではないですが、最新よりも最良のものに価値があると次第に気づいてきたんですよね。天童よしみさんというポピュラリティと実力を持った方が自分の歌詞を歌ってくださるのは、まさに絶好の機会だったと思います。もちろんファンの方にも喜んでいただきたいし、「これぞ天童よしみ節」「八尾の風景が浮かんできます」「故郷っていいですね」というところでも成立させないといけない。それを縦糸だとすれば、横糸には昨今の社会的な事情を織り込みたいなと。それは何も特別なことではなく、エンターテインメントに携わっている方々は、誰もがやっていることだと思います。文芸の世界で言えば、平野啓一郎さんや中村文則さんもそう。エンタメとしての魅力づくりに重点を置かれている印象が強い伊坂幸太郎さんや奥田英朗さんだって、いくつか作品を読めば、この国の在り方に問題意識を持っていらっしゃることがわかる。映画やドラマもそうですが、それがカルチャーのすごさであり、作る側の醍醐味でもあるので。

ーーそのスタンスは、松尾さんの“タイムリーであると同時にタイムレス”というプロデュースの指針とも重なりますね。

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松尾:そういう楽曲のほうが広がるし、強度も高いことは、確信に近いものとして自分のなかにあるので。かつて自分が関わった楽曲のことを話して、「あの曲を作るときに、そんなことを考えていたんですか?」と反応されることもあるんですよ。たとえば「恋のダウンロード」(2006年/仲間由紀恵 with ダウンローズ)。リリース当時は「松尾さんって、コミックソングも作られるんですね」と言われることもありましたが(笑)、あの曲の〈誰でも秘密をひとつくらい持ってる〉という歌い出しは、当時世間を騒がせていた、建築物の構造計算書偽装問題が背景にあるんです。あの建築士の心中はどんなものだったのだろう、と。そこから着想を得た歌詞を、仲間由紀恵さんというスター、そして、右肩上がりの業界だった携帯電話のCMという圧倒的な露出度を担保にして形にしたのが、「恋のダウンロード」なんです。

ーーなるほど。今の日本のポップスでは、社会性、時事性を織り込むという意識は低いように感じます。ドラマでは、『エルピス—希望、あるいは災い—』(カンテレ・フジテレビ系/2022年放送)など社会的なメッセージを込めた作品が登場することがありますが、ポップスにはほとんど見受けられない。

松尾:圧倒的に“音”の印象の方が強いですし、ポップミュージックに求めるもの/求められるものが変わってきていますからね。今はアレンジ、トラック、音像に対するプライオリティが高い。洋楽だけではなく、邦楽にもそういう用途を求めるリスナーが増えていると思います。ただ、いささかバランスを欠いていると言いますか、言葉の軽視に拍車がかかっているのは間違いないでしょう。作詞というのは、誰でもできると思われがちなんですよ。言葉は誰でも使っているから、歌詞も書けると勘違いしてしまうんですよね。

ーー2000年代以降は、歌い手が歌詞を書くことが増えましたよね。

松尾:そうなんです。職業作詞家がご活躍されていた時代、たとえば阿久悠さん、松本隆さんの名曲を聴けば、歌詞に詳しくない方でも「さすがプロだな」と感じられるでしょう。今、そこまで唸らせる歌詞に出会うことはほとんどないし、歌詞を書く側からしても「なんだこの歌詞は」とクレームが入ることもない。アイドルグループもそうですね。以前はSMAPの「夜空ノムコウ」「世界に一つだけの花」のように音楽の教科書に載るような歌がありましたが、今はそうではないので。

<松尾潔が2022年に気になった3曲の歌詞>

■SEKAI NO OWARI「Habit」

ーーここからは2022年に話題を集めた楽曲の中から歌詞に注目して、その魅力をお聞きしたいと思います。まずはSEKAI NO OWARIの「Habit」(作詞:Fukase/作曲:Nakajin)。歌詞とダンスが話題を集めて大ヒット。「第64回日本レコード大賞」にてレコード大賞に輝きました。

松尾:「レコード大賞」自体の是非もありますが、2022年を代表する楽曲として「Habit」が選ばれたのはうれしいニュースでしたね。今の日本のポップミュージックの弱点の一つは、白黒ハッキリした曲があまりにも多いことだと思っていて。白でも黒でもない、右でも左でもないところを漂うのが我々の日々。そこをつぶさに描いて、アベレージの高い楽曲を作り続けている方の一人が、星野源さんですよね。市井の生活者の思いに寄り添い、誰もが経験していながら、言葉にできなかったことを言い当てる素晴らしい才能だと思います。SEKAI NO OWARIのFukaseさんもまた、そこに長けているアーティスト。しかも「Habit」はメタ構造になっていて、白黒ハッキリさせたがる状況を風刺しながら、「ポップミュージックもそうなってないですか?」と批判しているようにも聞こえる。そういう冷徹な織り込みがなされている歌詞だと思います。

ーー年長者が若者に説教しているようなアングルも斬新でした。

松尾:そうですね。それと同時に、優れたレポートを読んでいるような感覚もあります。まず冒頭で〈君たちったら何でもかんでも/分類、区別、ジャンル分けしたがる〉と主題を提示する。その後、〈隠キャ陽キャ〉などの言葉を使って具体的な事例を並べ、最後は〈自分で自分を分類するなよ/壊して見せろよ そのBad Habit〉と見事に回収してみせる。この曲を聴いて「ポップミュージックは基本的に人間が生きること、人間の生の肯定」だという山下達郎さんの言葉も思い出しました。

 また、歌詞論からは離れますが、もし仮に歌詞がウケなかったとしても、サウンドメイク、コレオグラフ、映像表現などあらゆるところで火がつきそうな要素が詰め込まれていて、エンターテインメント作品として成り立つように作られているんですよね。結果的には歌詞も注目を集め、すべてが掛け算になり、ヒットにつながった。新人でも大御所でもできない実験性もあるし、僕自身、作り手としてとても励まされました。

■マカロニえんぴつ「なんでもないよ、」

ーー続いてはマカロニえんぴつの「なんでもないよ、」。ストリーミング累計再生数3億回を超え、彼らにとって最大のヒット曲になっています。

松尾:リリースは2021年11月ですが、昨年よく聴いた楽曲の一つです。ほぼすべての楽曲を書いているボーカル&ギターのはっとりさんは、ご自身も認めている通り、奥田民生さんのフォロワーであり、チルドレンと言ってもいいほどの影響を受けていると思います。人に緊張を強いることなく、人生の肝要なことを伝えるという意味で、確かに奥田民生さんの系譜を感じますし、ポップミュージックの大切な機能を久々に思い出させてくれる存在ですね。バンドとしても、人に警戒心を抱かせない印象があって。『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)でご一緒したときに、「みんな演奏が上手いのに、そう見せない、そう聴こえさせないようにしているよね」とご本人に言ったことがあるんです。スキルフル、超絶技巧を売りにしないポップロックバンドだし、はにかみ、含羞が感じられる。それは「なんでもないよ、」にも表れていると思います。

ーー相手に伝えたいことはたくさんあるのに、結局、「何でもないよ」と言ってしまうという。

松尾:言葉では伝わらないことを、言葉を尽くして表現した歌詞だと思います。君をどれだけ思っているか、自分の語彙では伝えきれないという。ただ、ほめることが目的ではなく、大切なのは“好き”という心のありようなんですよね。歌である以上、言葉にしなくちゃいけないわけで、そこにはどうしても矛盾がある。そういう構造を歌詞にするには相当な技巧が必要ですが、それを気づかせないように書いているんです。まるで一筆書きのようですが、実は技術が高い。無造作に見せることに余念がない歌詞と言っていいでしょうね。

■田中あいみ「大阪ロンリネス」

ーーもう1曲は、「大阪ロンリネス」。さくらちさとさんの作詞、京都在住の大学生である田中あいみさんが歌ったご当地ソングです。

松尾:もともと僕はR&Bのリミックスやアレンジから音楽制作に携わるようになりましたが、20数年のなかで、山内惠介さん、坂本冬美さん、由紀さおりさん、そして天童よしみさんなど、歌謡曲や演歌の方々とも仕事を重ねてきました。演歌については、楽曲のバリエーションが限定的で、そこが良さでもあり、弱みでもあると思うのですが、そのなかでも「これは秀逸だな」という楽曲に出会うことがあります。「大阪ロンリネス」は、まさにそういう曲の一つですね。さくらちさとさんの歌詞、田中あいみさんのパンチの効いた歌がとにかく素晴らしい。さくらさんとは「日本作詩大賞」の授賞式で初めてお会いしましたが、じつは先日も、「大阪ロンリネス」の歌詞についてお聞きしたんです。彼女は大阪出身ではないですが、大阪の街への憧れがあるそうなんです。きっかけは宮本輝さんの小説『道頓堀川』。「俺はなァ、偉うなろうとして頑張ってる若い奴を見てるのんが好きや。まあ何が偉いのんかは別として、大望を抱いている奴が好きなんや」というセリフに感じ入るところがあったようですね。それが「大阪ロンリネス」にもつながっているのですが、ここからはご本人から送っていただいた文面を紹介しますね。

 「大きい小さいや、現実的か否か、そんなことは別にして、夢を抱いてもがきながら生きている人、そしてそれを見守る人、応援する人……そんな人の熱さ、あたたかさ、寂しさ、哀しさ、喜び。ありとあらゆる『人の心』がパワーになって大阪という街を作っているように感じるのです」「この街を舞台に、哀しいけれど、強い女性の心情を描きたかった。書き手の足りない部分は、今回素晴らしいシンガー田中あいみさんが、補う以上に表現してくれました」。最後の一文はご謙遜で、あえて100まで描かず、余韻を残したということだと思いますけどね。

ーー示唆に富んだメッセージですね。

松尾:そう、今のお話のなかに重要な要素がいくつか含まれていて。これは「Habit」とも重なることですが、いろいろな感情があって、溶け合うことなく、そのままの形で存在している状態を描いているんですね。それこそが、さくらさんが大阪という街に惹かれた理由でもあると思うし、「事はそうシンプルではない」という今の時代の在り方にもつながっていると思います。さきほど話に出たドラマ『エルピス』の最終話で、「本当に正しいことなんてない。代わりに夢を見ることにしよう」という趣旨のセリフがありましたよね。いろいろな意見、解釈があると思いますが、あのドラマが今の時代を鋭く抉った、突出した作品であることは異論の余地はないでしょう。それは「大阪ロンリネス」の“いろんなことがあるけど、夢を見て生きよう”という思いとも深いところで重なっているのではないでしょうか。

ーーなるほど。今の世の中は、物事の複雑さをそのまま受け止められず、わかりやすい言葉で簡素化してしまう傾向もあるのでは?

松尾:簡素化とも言えるし、矮小化とも言えるでしょうね。コンパクトにまとめてフォルダに入れることを安易にすべきではないと僕も思います。それは他責化とニアリーイコールになり、“いち抜けた”になる瞬間でもあるので。

ーー当事者意識が希薄になるというか。

松尾:そうですね。少し話が外れますが、2022年の『M-1グランプリ』でウエストランドが優勝しましたよね。懐かしささえある毒舌漫才で勝ったわけですが、それ以上に「自分の人生なんですけど、初めて主役になれた気がしました」というコメントが印象的で。ずっと「自分はサブキャラ」という思いを抱えた男が、感情をぶちまけるような漫才で主役になった。それは見事な回収だったし、漫才の道を夢見ている人たちはきっと鼓舞されたと思います。しかしそれはかつて、音楽の役割だったんですよ。マイクの前に立って4~5分くらいで人に何かを伝えるというスタイルは、奇しくもポップソングと同じですからね。

ーーリスナーの人生を肯定し、未来に向けて進めるような楽曲がもっともっと必要ですね。

松尾:今回挙げさせてもらった3曲は、そういう力がある曲ばかりだと思います。音楽、ポップミュージックの底力を感じましたし、自分よりも下の世代のミュージシャンに「不甲斐ないなんて言うのはやめてくれ」と言われている気もして。表現はそれぞれ違いますが、プロの設計図だと感心したし、完成度も高く、僕自身も刺激を受けましたよ。音楽、まだまだ捨てたもんじゃないなと思っています。

(森朋之)

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