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『SPY×FAMILY』と比較 現実スパイの実態は?「偽装結婚、色仕掛け」「戦うより逃げる」「見た目は地味」

Real Sound

 ケース・オフィサーの仕事には「エージェントを指揮する」だけでなく、「エージェントをスカウトする」ことも含まれる。

 重要な情報を持っている人物に身分を偽って接近し、しかるべきタイミングで身分を明かして寝返らせて「裏切り者」のエージェントにするという寸法だ。寝返らせる方法には「弱みを握る」から「愛国心に訴える」まで様々な方法がある。

 一般的にスパイには嘘や裏切りのイメージがあると思うので、こちらもまた一般的なスパイのイメージに非常に近い存在と言っていいだろう。

『SPY×FAMILY』劇中の描写だと黄昏はケース・オフィサーに相当し、黄昏の情報屋フランキー・フランクリンはエージェントに(一応は)相当する。

 また、黄昏の上司である鋼鉄の淑女/シルヴィア・シャーウッドは劇中「ハンドラー」と呼ばれているが、現場で活動する者を管理する立場にあるため現実では「スパイマスター」に相当する。

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 『SPY×FAMILY』のハンドラーは表向き外交官の身分だが、現実でもスパイマスターは大使館の外交官が役割を担っている場合があり、ここはある程度現実世界のスパイの役割区分と一致していると言っていいだろう。

  落合 浩太郎(監修)『近現代 スパイの作法』によるとスパイの役割はさらに細分化できるようだが、キリがないのこのくらいにしておこう。

 スパイは2番目に古い職業

 なお、「スパイは2番目に古い職業」と言われており、その活躍は近現代以前にも記録がある。

 古代エジプトのファラオ・ツタンカーメンの時代にも、アレキサンダー大王時代のマケドニアにもスパイの記録がある。

 紀元前4~5世紀に成立した『旧約聖書』にはユダヤ人指導者のヨシュアがエリコという町を攻略するエピソードがあるが、このエピソードには2人のスパイが登場する。

日本版のスパイといえば忍者

 日本だと忍者がその例だ。忍者は破壊工作、暗殺などの戦闘行為も行ったが、本来の任務は敵国(ここで言う国とは海外ではなく日本統一以前の各国のこと)に潜入して情報収集する「生間(せいかん)」だった。日本版のスパイと言えるだろう。

 16世紀に創設されたイエズス会は日本をはじめ世界中で布教活動を行ったが、宣教師は各国を回ってその国の状況を視察するという役割も担っていた側面がある。

 アレッサンドロ・ヴァリニャーノの従者で後に織田信長に仕えることになる弥助は「黒人のサムライ」として有名だが、イエズス会のスパイで本能寺の変に関与していたとの説もある。

 もっともこの説には確たる根拠がなく、よくある陰謀論と考えた方がいいだろう。

現実スパイは見た目が地味なのが重要

 ステレオタイプな記号化されたイメージのものをいくつか挙げていこう。

 『SPY×FAMILY』黄昏はよく変装しているが、実際のスパイも変装はする。ただし、本物のスパイの変装はもっと地味だ。前述の元CIA局員ロバート・ベアは日焼けして髭を生やし、イラン人と身分を偽って(ベアのアラビア語にはイラン訛りがあったため)潜入した。

 ベアの著作を元にした映画『シリアナ』では、ベアをモデルにしたと思われるキャラクターをスター俳優のジョージ・クルーニーが演じていたが、彼は体重を増やして髭を生やし、日焼けして本来のハンサムな風貌からはかけ離れた地味な姿になっていた。

 見た目が地味であることは重要だ。見た目が平凡で地味ならば印象に残り辛く、目を付けられる危険性が減少する。

 映画『ブリッジ・オブ・スパイ』にも登場するルドルフ・アベルは実在したソヴィエト連邦のスパイだが、演じたのは地味な中年俳優のマーク・ライランスだ。アベルは本人の写真も残っているが、その辺に居そうな地味な風貌の中年男で少なくともジェームズ・ボンドに代表されるフィクションによくあるタイプのスパイからは程遠い。

 他、変装の手法として、手法として男性ならばつけ髭をして眼鏡をかけるだけでも風貌の印象は大きく変わる。

 帽子をかぶる、バッグなどの小物の色を変える、色合いの違う服に着替えるなども効果的な手法として用いられる。

ハニートラップは現実スパイでも一般的な手段

 逆に目の覚めるような美しい容姿がスパイとして武器になる場合もある。

 ハニートラップ(色仕掛け)はスパイが情報を手に入れる際に使われる一般的な手段で、スパイが敵国の高官の「愛人」や「恋人」になって情報を得た例もある。

 美しい女性スパイが活躍する作品はフィクションではよく見る設定だが、現実世界だと第一次世界大戦で暗躍したマタ・ハリ、東西冷戦下で暗躍したクリスティーン・キーラーがその代表例として挙げられる。

 元々ダンサー、ストリッパーだったマタ・ハリは高級士官あるいは政治家を相手とする高級娼婦でもあった。彼女は数知れないほど多数のフランス軍将校あるいはドイツ軍将校とベッドを共にしたとされおり、最後はフランスから二重スパイの嫌疑をかけられ銃殺刑になっている(ただし、彼女がもたらした情報が重要度が低かったとされている)。

 モデル、高級娼婦だったキーラーはイギリス陸軍大臣ジョン・プロヒューモ、駐英ソ連大使館付海軍上級武官エフゲニー・イワノフと同時に関係を持ち、イギリスの国家機密をソ連に漏らしていた。

 「プロヒューモ事件」として知られる一連の騒動は『スキャンダル』のタイトルで映画にもなっている。

 フィクションのスパイは頻繁に戦闘行為を行っているが、優秀なスパイは目立たないようにして危機そのものを避け、危機に陥った場合、戦闘より「逃げる」「隠れる」を優先する。「戦う」はあくまで最終手段だ。

 ロバート・ラドラムの「ジェイソン・ボーン」シリーズに登場するジェイソン・ボーン/デヴィッド・ウェッブはCIAに所属し(のちに離脱)破壊や暗殺などを行う特殊工作員だが、彼も広義のスパイに入る。

 ボーンは戦闘能力もあるが危機に陥ると逃走をまず選択しており、映画ではボーンの逃走シーンがシリーズにおける見せ場になっている。

 『SPY×FAMILY』の黄昏も逃走をする場面は多いが、ある程度戦闘になることを承知の上で逃走しているようにも見える。

 現在連載中の漫画だと、権平ひつじの『夜桜さんちの大作戦』、松江名俊の『君は008』は頻繁に派手な戦闘シーンがあるが、これらは典型的なフィクションのスパイと言っていいだろう。

 前述の通り「戦う」はスパイにとって最終手段だが、スパイは戦闘の技術も一応は要求される。実際、ベアはCIA入局時に数か月の準軍事訓練を受けている。

 だが、「ケース・オフィサーの役割はエージェントの指揮」であり、軍事訓練は「新人に団結心を植え付ける」のが大きな理由だろうと解釈を記している。 

 ベアの言葉を正直に受け取るなら、受けた軍事訓練は実際的な意味よりも精神修業的な意味合いが強かったようだ。だが、全く不要ならばCIAもコストをかけて訓練などしないだろう。

 恐らく最終手段としての備えの意味もあったのではないかと思われる。

 スパイが戦闘になる場合は突発的な事態のこともあるため、その場にあるものを武器にするスキルが有効だ。先のとがったペンや傘は急所に当てれば有効打になる。丸めた雑誌は見かけ以上の強度があり、防御に有効だ。前述のジェイソン・ボーンも映画でペンや丸めた雑誌を武器にするテクニックを見せている。

 戦闘能力以上に重要なのが逃走や尾行を撒くテクニックだ。

 フィクションのジェイソン・ボーンは派手なカーチェイスにまで発展する派手な逃走劇を見せていたが、実際のスパイの逃走は地味極まりない。

 冷戦期にソヴィエトに尾行されたCIAのスパイはバスや地下鉄を乗り継ぎ、道を変えて尾行を撒いたというが、尾行を撒くのに4~5時間かかったとのことだ。

偽装結婚、偽りの身分……スパイの生活

 『SPY×FAMILY』のエピソードでエージェント黄昏はスパイになって時点で本来の名前を捨てたとあるが、現実でもスパイが新しい身分が与えられる場合がある。

 ベアの著書にもCIA入局時に偽名が書かれた軍属の証明書を受け取ったとの描写ある。また、CIA入局時にサインした合意書に「自分がCIAで働いていることを誰にも認めてはならない」との内容のものが含まれていたという。

 ただし、身分をどこまで秘密にするべきかは時代や状況、所属されている組織や役割によって変わってくるようだ。

 イギリスの公共放送BBC Radio 5が2018年に敢行したインタビューで、イギリス国内の治安維持を行う情報機関MI5の採用部門で働く人物が「(MI5に所属していることは)基本的に身近にいる家族か友人にだけ伝えるよう言っています」と回答している。

 その人物自身も長年、自分の兄弟にはMI5所属であることを伝えておらず、自身の配偶者にも最初のうちは伝えていなかったとのことを語っている。身分を明かすことに慎重ではあるようだが、ベアの例に比べると大分緩い。

 ベアがCIAに入局したのは東西冷戦中の1970年代であり、身分を秘匿するルールの厳格さが21世紀のMI5とは異なっていた可能性がある。

 『SPY×FAMILY』のようなスパイの偽装結婚については確たる記録があまりないが、ごく最近の明確な記録が一つある。

 ドナルド・ヒースフィールド(本名:アンドレイ・ベズルコフ)とトレイシー・フォーリー(本名:エレーナ・ヴァヴィロフ)の夫婦だ。

 ロシアの情報機関SVRの諜報員だった二人はフィクションさながらにスパイとしてアメリカに長期間潜伏していた。二人の子供たちは両親が2010年に逮捕されるまで、彼らがスパイであることを知らなかったとのことだ。

 この事件はアメリカのテレビシリーズ『ジ・アメリカンズ 極秘潜入スパイ』の元ネタとなった。

 テレビシリーズでは時代が東西冷戦時代の1980年代に置き換えられ、偽装夫婦スパイの所属組織もSVRの前身であるKGBに変更されている。(厳密にはKGBの役割はFSB、SVRといった複数の組織に分割、継承)

 ちなみに現在、世界を大いに騒がせているロシア大統領ウラジーミル・プーチンはKGB出身で、後にFSBの長官も務めている。

元スパイの作家

 1950~1960年代にCIAの長官だったアレン・ウェルシュ・ダレスは「物語に出てくるスパイのヒーローなど実在しない」と語ったが、その一方でCIAの諜報員育成の教材にスパイ映画を使っていた。

 フィクションのスパイにもフィクションでありながらリアル路線のものが存在する。その代表格がイギリスの作家でスパイ小説の大家として知られるジョン・ル・カレだ。

 元MI6(イギリスの情報機関。正式にはSIS)の職員だったル・カレは一貫したしたリアル路線で多くの作品を残しているが、代表作の『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』一本だけでも一般的なフィクションのスパイと大きく異なるル・カレの作風がわかる。

 派手な立ち回りはほぼ無く、主人公のジョージ・スマイリーは冴えない風貌の中年として描写されている。

 同作は1979年に『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』としてテレビドラマ化され、2011年に『裏切りのサーカス』として映画化された。中年男が殆ど終始ボソボソいっている地味で渋い内容だが、スパイの基本は「目立つな」なのでスパイもののリアルを追求すると結果はこうなる。

 恐らく世界一有名なスパイ作品であろう『007』シリーズの主人公ジェームズ・ボンドはスマイリーと対照的な派手でいかにもフィクションのキャラクターだが、シリーズの生みの親であるイアン・フレミングも諜報部員の経歴がある。

 『007』シリーズは映画化を境に荒唐無稽化していくが、初期の『007』シリーズは一般的なイメージに対してかなり地味で、原作の『007/カジノ・ロワイヤル』には映画版のような派手なアクションは無い。

 元諜報部員であるフレミングは意外なところにも顔を出している。

 第二次世界大戦時にイギリス軍が実行した「ミンスミート作戦」は「偽の機密書類をイギリス海兵隊将校に偽装した死体に持たせる。偶然手に入れたと思わせるために、ドイツのスパイが活動している中立国スペインの海岸に死体を漂着させ、ドイツに偽の情報を流す」という奇想天外なものだ。

 この「ミンスミート作戦」はイアン・フレミングのアイディアが元になっていると言われている。

 「ミンスミート作戦」はベン・マッキンタイアー(著)『ナチを欺いた死体 英国の奇策・ミンスミート作戦の真実』として書籍になり、後に映画化された。

 もちろん映画にもイアン・フレミングその人が登場する。大事な事なので2度言うが登場するのは架空のジェームズ・ボンドではなく、実在のイアン・フレミングだ。

 「事実は小説より奇なり」は使い古された表現だが、これだから歴史は面白い。

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