
大正から昭和にかけて京都で活躍した日本画家・甲斐荘楠音(かいのしょう ただおと)(1894-1978)。一度観たら忘れられない強烈な印象を受ける甲斐荘の描く世界は、単なる美人画にとどまらず、妖しい微笑みを浮かべる女性や、妖艶で生々しい女性、嫉妬や情念さえ感じられる恐ろしい女性などを描いたもので、第1回国画創作協会展で鮮烈なデビューを飾りました。
美醜相半ばする人間の内面を描き出した甲斐荘は、伝統的な花鳥風月を愛し、楚々とした美人画を重んじる京都画壇において、ひときわ異才を放っていたのです。
更に彼の才能は、日本画を描くだけにとどまらず、やがて映画界へ転身し、溝口健二監督のもと衣裳・時代・風俗考証家として活躍し、昭和30年には『雨月物語』で、アカデミー賞衣裳部門にノミネートされました。
このたび、京都国立近代美術館において、展覧会「甲斐荘楠音の全貌―絵画、演劇、映画を越境する個性」が、2023年2月11日(土・祝)から4月9日(日)まで開催され、その後、7月1日(土)から8月27日(日)まで、東京ステーションギャラリーに巡回します。
今回は、彼が手がけた時代劇衣裳が東映京都撮影所で近年再発見されたことを受け、日本画家という枠組みにとらわれない甲斐荘の「越境性」を紹介し、映画人・演劇人として演じた側面を含めた彼の全体像をご覧いただく展覧会となっています。
本展は、2021年の「あやしい絵」展でも話題となった甲斐荘の代表作《横櫛》をはじめ、遺族のもとで新発見され、京都国立近代美術館所蔵作品を含む、日本画約 40 点、素描や資料類約90 点、近年、東映京都撮影所で発見された時代劇衣裳や映画関連資料約 120 点で構成されていて、甲斐荘の全体の画業を概観でさる、過去最大の回顧展です。
絵画・映画といったジャンルを越えた甲斐荘楠音の芸術を是非、この機会に御覧ください。
それではシネフィルでも、展覧会構成に従って、甲斐荘楠音の全貌を観ていきましょう。

《幻覚(踊る女)》 1920(大正9)年頃、絹本着色、183.5×105.0 cm 、京都国立近代術館
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行燈(あんどん)にぼんやりと照らされて踊る芸妓の紅色の着物が、まるで炎のように揺らいでいます。笑みを浮かべた表情ですが、背後の影に何か恐ろしげな雰囲気が漂っています。
序章 描く人
人間の生々しさを巧みに表現した甲斐荘の画風は、戦前の日本画壇で高く評価されたのですが、1940年代初頭に画業を中断した後は、映画業界に転身し、長い間その成果が顧みられることがありませんでした。ところが1970 年代に再評価され、没後20年を経て、1997年に回顧展が開催されると「京都画壇の異才」という評価を確立し、近年その人気は高まりつつあります。

《秋心》 1917(大正6)年、絹本着色、151.0×44.0cm、京都国立近代美術館

《横櫛》 1916(大正5)年頃、絹本着色、195.0×84.0cm、京都国立近代美術館
美しく装った女性ですが、美しい粧(よそおい)の下に、隠された肉体の生々しさが感じられ、隠れた欲望を感じさせます。背景の開ききった花の絵からも官能的な雰囲気が溢れています。
本作は、河竹黙阿弥作の『処女翫浮名横櫛』(むすめごのみ うきなのよこぐし)通称「切られお富」の一場面を真似た姿を描いたもので、女性は、かつての恋人のために殺人に手を染め、最後は自殺してしまうというストーリーです。