
貴司(赤楚衛二)の短歌の文学性が光った第16週から一転、“朝ドラ”ことNHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』の第17週「大きな夢に向かって」では笑えるおもしろセリフが増えた。
参考:『舞いあがれ!』永作博美を母親役に起用した理由は? 入念な取材によって生まれたリアル
まず、貴司の母・雪乃(くわばたりえ)が「短冊にな、短歌書いてモテんのは平安時代までやっちゅうねん! ホンマに」と短歌一筋の貴司を心配する(第79話)。息子は繊細だけれど母親は関西弁でこんなふうにからっと状況を笑い飛ばすのだ。続いて第80話では、五島の人々が久々に登場し、五島を盛り上げていく方法を語り合う場面は、「カブトムシ」にはじまって「蝋人形の館」まで飛び出したコント仕立てであった。さくら(長濱ねる)はむっちゃんという謎の人物とついに結婚したようで、みじょカフェのメニューに「むっちゃんの気まぐれパスタ」があるが、昼寝していて作れないため「気まぐれ過ぎる」とツッコミが入る。
第81話では、97年続いた会社を廃業することになった長井(や乃えいじ)は「明日から普通の女の子に戻ります」と送別会で挨拶する。第79~81話におもしろセリフが続いて随分、印象が変わった気がするが、脚本家は同じ桑原亮子である。おそらく楽しい会話にしないとただただ重い話になってしまうのだろう。東大阪も五島も、変わりゆく時代の波にともすれば取り残されてしまいそうで、どうしたら生き残っていけるか深刻な問題に悩んでいるのである。
とりわけ長井の場合、100周年を待たずして無念の廃業をしたことを茶化すしかないのかなという気がして観ていて胸が痛んだ。IWAKURAはがむしゃらに会社を残す道を選び、長井は時代に抗わず「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」の道を選ぶ。それには後継ぎがいないことも大きいのだろう。IWAKURAには舞がいたから希望を繋ぐことができたのだ。ただ、長年、役立ってきた機械がIWAKURAの航空機部品づくりに生かされることになる。会社はなくなっても機械やノウハウは受け継がれるのだ。第81話では、笠巻(古舘寛治)がかつての師匠に教えを乞う。IWAKURAの生き字引のようになっている笠巻にも師匠がいるのである。こうして代々、大切なことは受け継がれていく。
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跡継ぎのいない長井。若者離れに歯止めをかけたい五島。岩倉家も梅津家も子供が27歳になっても浮いた話がなくて心配している。おもしろセリフの影には実は深い悩みが横たわっている。梅津家はひとりっ子、岩倉家は長男の悠人(横山裕)も仕事は快調だがつきあっている人がいるのかさっぱりわからない。そういう様子はまったく感じられない。2013年――平成後半、少子化が進んで未来が暗い空気がよく出ている。
2013年といえば、朝ドラでは『あまちゃん』(NHK総合)が放送された年である。母の地元・東北にやってきたヒロインが東京では引きこもっていたが、地元の海で心が開放されて、地元愛に目覚め、町おこしに一役買っていく。翌年から掲げられた「地方創生」の先端をいくような、理想的な地方讃歌のドラマになった。『カムカムエヴリバディ』方式だったら、五島の人たちがテレビで『あまちゃん』を観て、我らもこんなふうにあらねばと奮起するところであろう。
跡継ぎ問題、地方の活性化と大人たちが悩んでいるなか、若者たちは、自分たちなりに道を模索している。舞は難関の航空機部品づくりを実現させる勢いで、貴司は短歌賞を受賞し、久留美(山下美月)は八神医師(中川大輔)にプロポーズされる。親には心配されているが、当人たちはちょっとずつ前進しているのである。
久留美がプロポーズされた場所は元バイト先の庶民的な飲食店・ノーサイドだった。お金持ちの医者とつきあっていても決して派手な振る舞いをしないことに好感が持てる。2019年放送の月9で朝ドラと言われた『監察医 朝顔』(フジテレビ系/脚本:根本ノンジ)で、ヒロインが行きつけのもんじゃ焼き店でプロポーズされて「こんなB級もんじゃ焼き屋で愛の誓いすると思うかね……」と返すのとは違う価値観である。もちろんこれもそれほどきつい返しではなく、気心がしれているからこその言い回しなのだが。バブル時代ならきっと素敵なレストランなど最高のシチュエーションがエンタメとしての最適解で、その価値観を長らく引きずってきていた。でもそうじゃない価値観をもった人たちも世界にはいる。B級かどうかわからないが、庶民的なお好み焼き屋で長井の送別会が少人数で行われるのもしかり。『舞いあがれ!』は徹底的に地元密着感の強いドラマなのである。それは日本が質素になった、あるいは貧富の差が激しくなった象徴のようにも思えるのだが……。(木俣冬)