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もともと人間は寒さに弱い種なのに、なぜ北方の寒冷地で暮らすようになったのか?

カラパイア


 寒さが苦手すぎる私の場合、冬は室内でもホッカイロをはり、指なし手袋をしながら過ごしているわけだが、寒さが苦手な人というのは割と多いそうだ。というのも、人類はもともと熱帯性の種だという。

 実際、現生の類人猿はどれも熱帯の生き物だ。ついでに言えば、人類最古の化石だって中央アフリカと東アフリカで発見されたものだ。

 ところが、どうしたわけか彼らは北へ向かい、凍えるような寒さやすぐに沈んでしまう太陽の元で暮らすようになる。

 だが生身の人類は寒さに強くはできていない。それなのになぜ寒冷地帯に進出することができたのだろうか?

大昔の人はどうやって寒さをしのいでいたのか?

 英リバプール・ジョン・ムーア大学のローラ・バック氏らによると、ヨーロッパ北部に残されていた一番古いヒト族(ホミニン)の痕跡は、イングランド東部のヘイズブラで発見された約80~90万年前の足跡と石器であるという。

 その当時のヘイズブラは現在の北欧のような寒い土地だった。こうしたヒト族が温かいアフリカとはまるで違う厳しい寒さをどう生き延びたのかは、ちょっとした謎であるようだ。

 ヘイズブラの辺りに洞窟はなく、シェルターを作ったという証拠もない。また発見された遺物はシンプルで、おそらく複雑な技術ももっていなかったと思われる。

ヘイズブラの足跡:(a) 北向きに足跡を見たところ、(b) 南向きに足跡を見たところ / image credit:doi:10.1371/journal.pone.0088329 / WIKI commons

 彼らが焚き火をしていたという説もあるが、バック氏らによれば疑わしいという。またヨーロッパ西部できちんとした衣服を作る道具が誕生するのは85万年後のことだ。

 ならばさまざまな動物のように移動して冬の寒さから逃れればいいかというとそうでもない。というのも、ヘイズブラのヒト族なら800キロは南下しないと意味がなかったと考えられるからだ。

 火もまともな衣服もなく、彼らはどうやって厳しい寒さを生き抜いたのか? 少なくともそこにいたということは、どうにか寒さをしのぐ方法を見つけていたはずなのだ。

photo by iStock

約50年前の人類に焚火をした証拠

 それを知る手がかりは、もっと新しい遺跡に残されていると、バック氏らは説明している。

 その一例として、イングランド南部にあるボックスグローブ遺跡が挙げられている。この遺跡は約50万年前の人類史上もっとも寒かった時代のものだ。

 この遺跡では、骨を切断した跡や、木の槍で刺されたらしき馬の肩甲骨など、その地のヒト族が動物を狩猟していたことを示す痕跡が見つかっている。

 じつは肉はカロリーと脂肪が豊富なので、寒さをしのぐのに必要な食材だ。そのことは、現代の狩猟採集民でも寒い地域で暮らしているほど肉を食べることからもうかがい知れる。

 ボックスグローブ遺跡ではそこで暮らしていただろうヒト族のすねの骨も見つかっている。その骨は現生人類に比べて頑丈で、彼らは背が高くがっしりした体格だったろうことがわかる。

 そうした大きな体に短い手足は、体の表面積を小さくするので、体温が奪われにくい体型だ。

 また、この時代になると、焚き火をした証拠も残っている。

氷河期を生きたネアンデルタール人すら寒さに適応していない

 40万~4万年前にユーラシア大陸に住んでいたネアンデルタール人は、氷河期の気候も経験している。そんな彼らは、手足が短く頑丈で、体は幅広で筋肉質だった。体温を保ちやすい体型だったのだ。

 ところが、バック氏らによると、ネアンデルタール人のつき出したような顔や幅広の鼻は、寒さにふさわしいと想像されるものとは正反対であるようだ。

 例えば、寒い地域のニホンザル、低温で飼育されている実験用ラット、あるいは寒い地域で暮らす人間などは、頬骨が広く平らで、鼻は高く細くなる傾向があるのだという。

 それなのにコンピューターモデルによる分析では、ネアンデルタール人の鼻が、もっと古い時代の温暖な気候に適応した種よりも、熱や湿気を保存しやすい構造であることが判明しているという。

 どうも鼻の大きさだけでなく、内部の構造も重要であるようだ。

 確かにネアンデルタール人の体は多少なりとも寒さに適応していたかもしれないが、それでも彼らは熱帯の祖先から完全に自由だったわけではない。

 そのことは、寒い地域の哺乳類のようにもこもこと暖かそうな毛皮など持っていなかったことからもわかる。だからネアンデルタール人は複雑な文化を発達させ、どうにか対処する必要があった。

 例えば、動物の皮で衣服やシェルターを作った。料理をしたし、火でカバノキの樹皮からのりを作り、それで道具を作った。それは彼らが巧みに火を操ったという証拠だ。

 さらに議論を呼ぶのは、スペイン北部の40万年前の「シマ・デ・ロス・ウエソス(Sima de los Huesos)洞窟遺跡」から出土した初期のネアンデルタール人の骨が、冬眠のために代謝を低下させたことによる季節的ダメージを示しているとする考古学者もいることである。

 著者らは、これらの骨は中断された成長と治癒のサイクルを示していると主張している。

photo by iStock

人類は進化ではなく知恵と行動で寒さに適応した

 私たち自身、すなわちホモ・サピエンスの一番古い化石は、モロッコで発見された30万年前のものだ。だが、私たちの祖先がアフリカから旅に出たのはおよそ6万年前のことだ。

 つまり、ほとんどの地域において、私たちは新参者だということだ。それでも凍える寒さの中で暮らす人たちは、ほんの少しだが生物学的に適応してきた。

 バック氏らはよく知られている例として、日照時間が短い地域で暮らす人々の肌が明るいことを挙げている。

 これはビタミンDを合成しやすくするための適応だ。またイヌイットの遺伝子は、寒い環境では必須となる脂肪たっぷりの海の食材を食べやすいよう変化している。

photo by Pixabay

 もっと直接的な証拠として、グリーンランドの永久凍土に保存されていた4000年前の髪の毛から採取されたDNAもある。

 この髪の毛からは、ボックスグローブ遺跡のすねの骨のように、その地域の人々が遺伝的変化によって熱をためやすいずんぐりした体型だったろうことがうかがえる。

 そうは言っても、熱帯で生きた祖先の体を受け継いでいる私たちは、今もなお生身のままでは寒い場所で生きられない。

 だからイヌイットは、現代のカナダ軍の冬服よりも暖かい伝統的なパーカーを発明した。

photo by iStock

 バック氏らは、このように行動によって適応する人間の力は、私たちが種として成功するために欠かせないものだったと述べている。

 私たちはほかの霊長類と比べても、肉体的に寒さに適応するのが下手だ。だが、そのかわりに知恵と行動で適応する。

 それは生物学的適応よりも早く、柔軟性がある。ゆえに究極の適応者となり、ほぼすべての生態学的ニッチで繁栄することができたのだそうだ。

References:Most humans haven’t evolved to cope with the cold, yet we dominate northern climates – here’s why / written by hiroching / edited by / parumo

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