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「いつもの職場の景色が、違って見えた」エリート官僚が誰にも相談せず退職したワケ

幻冬舎ゴールドライフオンライン

エリート官僚の秀一は仕事にのめり込むあまり、希薄な人間関係を生きてきた。突然、周囲の音が聞こえなくなる謎の発作に襲われるようになり、誰にも相談できないまま退職を余儀なくされてしまう。進むべき道を見失い、あてどない旅に出た秀一が出逢ったものとはーー。※本記事は、福岡富子氏の小説『MICHI 幸せのみちる時』(幻冬舎ルネッサンス)より、一部抜粋・編集したものです。

第一部 カフェ「MICHI」が誕生するまで

コーヒーの香りが、部屋全体に広がっている。父の最期の言葉にちなんで名付けたカフェ「MICHI」は、秀一が願いを込めてオープンした店である。秀一は、夢の一歩を踏み出したのであるが、ここにたどり着くまでの道のりは、挫折と絶望の連続であった。

開店前の静かな時の流れの中で、秀一は妻の優香とコーヒーをゆっくり味わいながら、来し方に思いを馳せるのであった。

挫折―退職という選択

秀一は、東京大学を卒業後、文部科学省に入った。キャリアということで、周りからの期待は絶大であり、それに応えようと秀一の仕事ぶりは、鬼気迫るものがあった。

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秀一は、外見にも気を配ることを常としている。背の高さは175cmあまりで細身の体型。端正な顔立ちが目を引く。短髪で襟元は清々しく、体に合ったスーツを着こなしており、清潔感が溢れている。いきいきとした表情でテキパキと部下に指示をすることのできる男性である。

しかし、人付き合いについては、決して器用だとは言えない。部下を大事に思う気持ちは誰にも負けないと自負するものの、それを言葉で表現することが不足している。褒めることや話を聞くことが十分ではないのだ。〈もう少し忖度したらなあ〉。周囲の反応は徐々に冷ややかとなっていった。秀一に、果たして楽しみなどあるのだろうか。付き合っている女性がいる気配もない。

月日はあっという間に過ぎて、10年の歳月が過ぎようとしていたある日、秀一は、いつも見ている職場の景色が、全く違って見えることを自覚した。人の声も動きも周囲の音も全くしない、静まり返っている世界がそこにはあった。

秀一は、頭を振り深呼吸をして通常の感覚に戻そうとして、数分後にいつもの状態に回復した。何が一体起きたのか、このようなことがまた起きるようなら、どうするか、不安がよぎった。

秀一の不安は的中した。翌日以降も同じような発作めいた現象が起こったのである。病院にかかる気持ちは毛頭なく、この場所を離れたい。そのためには退職するしかない、その気持ちがどんどん大きくなるのであった。

秀一の家族は、父母と妹との四人暮らし。父母と妹はとても仲がよくて、自分を除けば理想的な家族だなと秀一は思うのであった。家族の中で孤立していると感じる秀一は、誰にも相談する気になれず、また家族以外でも相談できる人も友人もいなかったのだ。

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