
大河ドラマ『どうする家康』(NHK総合)の放送が始まった。物語の主人公・徳川家康(松平元康)を演じる松本潤と共に出演するのが、同じジャニーズ事務所に所属する岡田准一だ。岡田は家康と浅からぬ縁がある織田信長を演じている。
【写真】怯える白兎こと松平元康(松本潤)
近年の大河ドラマでは、『鎌倉殿の13人』(NHK総合)の小栗旬と菅田将暉、『青天を衝け』(NHK総合)の吉沢亮と草彅剛など、主演級の俳優が2~3人いるイメージがある。松本も岡田も数多くの作品で主演を務めているが、信長を演じる岡田といえば、近年『燃えよ剣』『散り椿』『関ヶ原』と自身が主演を務める時代劇映画のイメージが強い。時代劇のフィールドにおいて、大河ドラマ初出演にして初主演となる松本と時代劇を得意とする岡田は対極の立場に位置する。岡田の強い存在感が主人公を食ってしまう勢いも感じさせる。
実際に、第1回「どうする桶狭間」の終盤にわずかしか登場しなかった信長は強烈な印象を残した。「桶狭間の戦い」の結末を知っていても、今川義元を演じている野村萬斎の威厳のある佇まいを見ていると、義元を慕う松平元康同様、負けるはずがないと思えた。しかし信長は、討ち取った義元の首を手に、二千の兵を率いて家康のいる城へと向かってくる。信長は義元の首をぶら下げた槍を投げ捨てるのだが、その平然とした顔つきにゾッとさせられる。怯える家康の脳裏に浮かぶのは、幼い頃の自分をしごく信長の姿だ。竹千代(川口和空)の耳元で「食ってやろうか」と囁き、幾度も竹千代を投げ飛ばす信長はどことなく楽しげで、狂気が感じられる。
城へと向かう信長は「待ってろよ、竹千代。俺の白兎」と口にした。「俺の白兎」という台詞自体、かなりインパクトが強い。放送当日には「俺の白兎」がTwitterのトレンド入りを果たしていた。だが、「俺の白兎」が決して歯の浮くような台詞に感じられなかったのは、家康が「あれはケダモノじゃ! 飢えた狼じゃ!」と震え上がるほどの関係性を岡田が演じているからこそ。信長は、すでに元服している家康を竹千代と呼ぶ。彼にとって家康は、いつまで経っても幼き竹千代のままなのだろう。甚振ってきた家康との再会を心待ちにしているような笑みからは、圧倒的な強者感が漂う。
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『燃えよ剣』で岡田が土方歳三を演じていたときにも感じられたが、岡田が強者を演じると彼の立ち姿だけで威圧感がある。そこへ時代劇への出演経験の少ない松本が並ぶと、それだけで圧倒的な力の差が生じるとも考えられる。しかし、そのことがかえって、本作の徳川家康像を引き立てるのかもしれない。
徳川家康といえば、狸おやじや姑息に虎視眈々と天下を狙った人物というイメージが強いが、松本演じる家康は臆病で優柔不断、どこか頼りない人物として描かれており、新鮮だ。家康は6歳で人質に出され、織田家、次いで今川家に預けられる。今川義元の下での人質生活は決して辛く苦しいものではなかったが、家康は三河の九代当主としての自意識が足りないまま、背負いたくない重荷を背負い、歩みたくない道を歩むことになる。もしかすると、家康にのしかかる年不相応な重圧と、松本にのしかかる大河ドラマ初出演にして初主演という大役へのプレッシャーは似ているのではないだろうか。のちに名将として覚醒する家康の姿と、1年間同じ役を演じ続ける松本の役者としてのさらなる成長がリンクすれば、「どうする!?」と追い込まれながらも強くなっていく家康の姿にリアリティが生じることが期待される。
となれば、時代劇において松本と経験差のある岡田が信長に配役されたのも、信長と家康の関係にリアリティをもたらすためなのではないか。家康は武将としてはまだまだ未熟で、信長は常人離れした思考と革新的な戦術で乱世を勝ち抜くカリスマだ。力の差、経験の差は歴然なのだから、今はまだ、岡田の存在感が松本を食ってしまったとしても、それは演出の思惑通りという可能性が考えられる。
物語は始まったばかりだが、今後期待されるのは、岡田の演技と織田信長という存在が礎となった松本自身と徳川家康の成長だ。家康が天下統一を成し遂げるとき、松本がどのような演技を見せるのか、松本の顔つきがどのように変わっているのか、今から楽しみだ。
(片山香帆)