
「命」「寿命」「病」について問いかける珠玉の一冊。 ※本記事は、黒谷丈巳氏の小説『生命譚』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。
一九八九年 春 ―京都―
やっぱり酔っ払いのでまかせやったな。純平にも笑みが浮かぶ。まあ面白い話聞かせてもろたで。
「とにかくやな、偶然にせよわしの生涯最大の発明品や。せやからこうしていつも携帯しとる。せやけど、使い途があらへん」
「製薬会社とか大学の研究室とかに持ち込んで調べてもろたらええんやないですか? そしたらまた作れるようになるやろし、商品開発もでけるんとちゃいますか? なんでそうせえへんのですか」
城戸はあくまで真面目な対応である。こいつは、偉い。
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「製薬会社? 大学の研究室?」
倉元は露骨に表情を歪めた。
「今さらそんなとこに行く気はないわい。ああいうやつらとは、同じ空気吸うのもいやじゃ」
倉元の言うことがどこまで本当なのかはわからないが、とにかく過去に大学なり企業なりとの間でトラブルがあった結果が、この男の今の姿なのだろうとは見当がつく。
「別にの、こんなドーピング薬、あっても無うても世の中には大した影響あらへんのや。そやさけ、わしが墓場まで持っていくつもりやった」
「それを、学生スポーツやってるいうことで、袖振り合うた俺らにくれるいうことか、倉元のおっちゃん」