
一陣の風に吹かれたように心揺さぶられ、私は二十年前の大学時代を追想する。内気な私に、思いがけず声をかけてくれた純一。周囲の世界への壁を取り払い、人と交わる喜びや切なさを知る勇気を与えたそのときのひとことを、私は今、感謝とともにかみしめ、純一への手紙をしたためる。人生の様々な季節に吹く、様々な色の風に思いを馳せながら。※本記事は、はるのふみ氏の小説『一陣の風』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。
一陣の風
薄墨色の風の時代
「ワムの日本ツアーのチケットが手に入ったんだ。一緒に行くだろ?」
柊はまるで当然のように電話口で言った。私はワムというミュージシャンの名前すら知らなかった。洋楽などほとんど聴いたことがなかった。ただ柊の興奮した口調から、チケットを取るのは、かなり奇跡的なことなんだろうなと推察した。私がそのミュージシャンの名前を知らないと言うと、驚いたように、
「えっ。知らない?」
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そう言って、柊は絶句した。
「そんなに貴重なチケットなら、その価値のわかる人と行ったほうがいいんじゃない?」
すると、柊はちょっと怒ったように言った。
「ばか。俺が誰のために苦労して……」
「えっ?」
「いや。いい。ほんとに行かないんだな? ワムだぞ」