
どんな困難があろうとも痛みを分かち合い、それでも生きることを愛する者たち――。切なくも温かい、ハートフルなヒューマンドラマ。※本記事は、袴田正子氏の小説『飛蝶 刻(とき)を旅する者たち』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。
ひるあんどん
隅の車座の男たちの一人が大声で何か言い、周りが笑い、一瞬ざわめきが静寂に変わる。
「ああやって俗物は酒でうさを晴らすんだぞ。笑って怒鳴ってうさをはじき飛ばすって訳さ。はじき飛ばせんけどな。残念ながら、うさはうさのまま、やっぱりある」
そう、罪が罪のまま、あるように。口に入れたピーナツは固く、大陸の味を思い出して久は手を置いた。
「そういや、お前の愚痴を聞いたことがないな」
広告の後にも続きます
「愚痴はないが、自己嫌悪は山のようにある」
「自己嫌悪ねぇ。そっちに行くか。そっちの方向で考えると、さしずめ俺は他己嫌悪ってとこかな。全部人のせいにする。そうして、飲んで忘れたことにする。お前も飲めば楽になるぞ。これがあるとないとじゃ人生、大違いだ。アイドリングだよ、アイドリング」
「俺は不器用だから、無理だな。それに酒は若い頃、一度飲んで懲りた。妙に暗くなる。体質的にも合わんしな」
「お前、書くものも暗いもんなあ。そうそう、今、家族物書いてるんだ。うちみたいな俗っぽいのに混ぜて、賑やかしにお前たちみたいなの、入れるかな。その蝉の会話でも入れてさ。ただなあ、書きたいのは山々なんだが、真面目な奴ってのがどうも上手く書けねえんだよ。俺なんか迷ってばかりだからさ。お前みたいな迷いのない奴のことは書けねえよ」
「そんなんじゃない」
俺はそんなんじゃない。あの感触が蘇って、膝に手をこすりつける。刺したあの男の名も知らない。