
150年前、東京への遷都により活気を失った京都で、いかに生きるかを悩む公家出身の青年・万条房輔。府立療病院・初代御雇い医学教師ヨンケルに師事し、西洋医術を学ぶものの、彼と医学校との不穏な関係を感じ取り——。日本の医療の転換期を描く、圧巻の歴史小説。※本記事は、山崎悠人氏の小説『維新京都 医学事始』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。
序章
明治二十一年(西暦一八八八年)十月
ある日、京都御所に隣接する飛鳥(あすか)井(い)家の屋敷で、蹴鞠(けまり)の会が催された。蹴鞠は公家の嗜みの一つで、飛鳥井家の家職でもあった。万条もそれが得意で、大御門と一緒に子供の部に参加したのだ。
だが、張り切って準備体操をしているときだった。
ふと見れば、ひときわ身体の大きい少年が、一人混じっていた。明らかに体力差がありそうで、しかもそいつは、終始にやにやと笑っていた。
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もやもやしたものを感じながら、万条は蹴鞠の輪に入った。
すると、すぐにわかった。その少年は、とんでもない悪ガキだったのだ。競技が始まったとたん、そいつはたちまち本性を現した。小さな子の蹴りを邪魔したり、わざと足を引っかけ、転んだ姿をあざ笑ったりした。
自分が失敗したときには、何事もなかったかのように誤魔化すか、他の少年に責任をなすりつけ、罵声を浴びせかけた。目に余る行状に、子供たちはみな、地団駄を踏んで悔しがっていた。
だが諦めるほかなかった。体格の違いは歴然で、しかも彼の家格は、最上位の五摂家の一つだったからだ。
それをいいことに、そいつは勝手気ままな態度を続けた。まさに悪徳公卿そのもので、万条はしだいにそれが許せなくなってきた。
こいつは将来、きっと帝を蔑ろにし、御所を我が物顔で闊歩するだろう──。