
中村倫也という俳優は、なんとも言葉にしがたい不思議な魅力がある。
親しみやすそうな物腰や言葉づかいなのに、強いこだわりが感じられるし、女性的な(という表現はいまはNGかもしれないが)空気を纏いながらも、男っぽさもあってジェンダーを超越している。それでいて茶目っ気もあるから、みんなに愛される。その多彩な顔を、彼は役によって使い分けているのではないだろうか。
どんなキャラクターもこなし、そこに自分自身の色を残す。そんな中村のことを「カメレオン俳優」と呼ぶ人もいるかもしれない。「憑依型の俳優」と物知り顔で簡単に断定する人もいるだろう。たしかに彼の仕事を振り返ると、そう思うのも無理はない。
【映画サイト「スカパー!映画の空」とのコラボ記事】
作品ごとに異なる顔を覗かせ、「カメレオン俳優」と呼ばれる存在に東村アキコの同名コミックを映画化した『海月姫』(2014年)には、クラゲオタクのヒロイン、月海(のん※撮影時は能年玲奈)と女装趣味の蔵之介(菅田将暉)が出会う熱帯魚ショップの店員役で出演。わずかなシーンながら、ある抗議のためにまくし立てる月海を恐れ、まともに取り合わない気弱な人物を及び腰で演じてみせた。
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ところが、柚月裕子のベストセラー小説を白石和彌監督が映画化した『孤狼の血』(2018年)では、180度真逆のキャラクターとも言える、暴力団組織の若手構成員、永川恭二を誰も寄せつけない「狂気」で体現。くわえ煙草とギラついた目で、敵対する組織の構成員の耳を噛みちぎる衝撃のシーンにも挑み、観る者を戦慄させた。
かと思えば、沼田真佑の芥川賞受賞作を『るろうに剣心』シリーズの大友啓史監督が映画化した『影裏』(2020年)では、また別のベクトルでハードルの高いキャラを自らのものに。中村が本作で演じたのは主人公、今野秋一(綾野剛)の旧友で、かつては今野と特別な関係にあった副島和哉。そんな彼の切なく、狂おしい想いを美しい姿で表現し、話題をさらったのも記憶に新しい。
『台風家族』(2019年)で演じた鈴木千尋も、ちょっと変わったユニークな人物だった。本作は、両親が銀行強盗で手に入れた大金を巡り、時効成立の10年後に集まった4人兄弟が財産分与で揉める姿を描いたブラックコメディだが、長男の小鉄(草彅剛)らと対立する三男の千尋は騒動をさらに激化する「爆発物」のような存在。家族の醜い争いを世界中に配信する彼を、ニート同然の見た目と三男らしい甘ったれた言動でまんまと成立させていた。
それこそ、『水曜日が消えた』(2020年)なんて、中村の力量と引き出しの多さを見せつける、彼のために用意されたような快作だ。本作では曜日ごとに7つの人格が入れ替わる「僕」を物腰や仕草、しゃべり方の微妙な違いで演じ分け、さらには、その日常が恐怖に変わっていくプロセスを繊細に表現して観る者の視線を釘づけにした。
そんな感じで、どんなジャンルのどんなキャラクターでも、その作品のテイストにピッタリの過不足のないスタンスで息を吹き込むから、中村は「カメレオン俳優」と称されるのだろう。
けれど、当たり前のことだが、その多彩な仕事は体色を変えるカメレオンの行為とはまるで違う。中村の長きにわたる経験とスキル、高度な演技力と俳優としての勘が、現実味を帯びたリアルな人物像にもコミックの世界の住人のような突飛なキャラにも彼を変貌させ、輝かせるのだ。