「ダンシング・ヒーロー」には、その後の物語があった!!
「ダンシング・ヒーロー」には、その後の物語があった!!
2017年、大阪府立登美丘高等学校ダンス部による"バブリーダンス"の使用曲として再注目され、32年越しのリバイバルヒットとなった荻野目洋子の「ダンシング・ヒーロー (Eat You Up)」(1985)。この曲はイギリスの歌手、アンジー・ゴールドの「Eat You Up」をカバーしたものである。
80年代の歌謡シーンでは、海外の曲を日本語でカバーするのが随分と流行した。

日本語に書き改められたそれらの歌詞は、原曲の意と大きく違うことが常であったが、「Eat You Up」>「ダンシング・ヒーロー」もまたその例に漏れない。

そしてその違いから、さまざまな事情や思惑、そして新たな物語さえ見えてくるのが面白い。

まずはカバーの方、「ダンシング・ヒーロー」の歌詞を見てみよう。

この曲の歌詞はあいまいで、案外解釈が難しいかもしれない。いきなり冒頭から読解を始めなくてはならないのだ。

荻野目洋子「ダンシング・ヒーロー」







この一文は、二通りに読むことができる。

1.「愛してるよ…」なんて(言っておきながら)誘ってもくれない
2.「愛してるよ…」なんて(いう言葉で誘ってほしいのに)誘ってもくれない

正解は(2)だろう。サビにおいて<今夜だけでもシンデレラ・ボーイ>にと彼に期待を寄せるのは、「愛してるよ」なんて言うこともない普段の姿から(シンデレラのように)変貌して自分を誘ってほしいからだ。

原曲Angie Gold「Eat You Up」との比較



ところで「ダンシング・ヒーロー」の歌詞の中で、もっとも原曲に寄せている箇所がこの冒頭部分だ。

というより、表面的に似ているのはこの部分のみだと言ってよい。「Eat You Up」の冒頭を見てみよう。





御覧の通り似てはいるものの、ニュアンスは大きく違う。「Eat You Up」の彼は、すでに愛の言葉を口にしている。

注目したいのは「愛していると言われたことがない/愛していると言ってたわね」という背反の関係が成立している点だ。

そして両曲の歌詞の違いはここを起点にどんどん広がっていく。再び「ダンシング・ヒーロー」に戻ってみよう。二番の冒頭からサビ手前までだ。



妄想的な言葉をやたらに弄する様子に、今宵をどうにかして<素敵な夜>に仕立て上げたいという執念が滲む。そしてその本音をついにサビで打ち明ける。



少女らしい妄想で高められていたのは、<Do you wanna hold me tight>といった、より肉体的な交歓への願望だった。

この暴発寸前の思春期の少女の心のさまを描写したのが、「ダンシング・ヒーロー」の歌詞だ。

さて、「Eat You Up」と「ダンシング・ヒーロー」との歌詞の大きな違い、それは描写される恋愛の時期の違いである。

「ダンシング・ヒーロー」が恋の最初期であるのに対し、「Eat You Up」は恋の終盤も終盤、最後の精算といった内容だ。

憧れのシンデレラボーイがいつしか憎しみの対象に









<あなたを食べ尽くして、吐き出してやる>という恨み節としても品のない言い草が、この歌詞の気分を如実に表している。少なくとも17歳の日本人少女がそのまま歌えるような歌詞ではない。

であるならば、「Eat You Up」の主人公の時計の針を、当時の荻野目洋子の年齢まで戻してみてはどうか。「愛してるよ」なんてまだ言われたこともない年頃までに。

「ダンシング・ヒーロー」のアイディアはこうした発想で生まれたのかもしれない。冒頭部分の背反表現にその痕跡を感じる。

さらにそう思えば、「Eat You Up」で繰り返される<ボーイ>の響きは、「ダンシング・ヒーロー」における<シンデレラボーイ>と結び付く。

憎きボーイもかつては憧れのシンデレラボーイだったのだ。

TEXT:quenjiro
(更新日:2018年11月9日)

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