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『silent』は言葉を探す物語 『いつ恋』坂元裕二から引き継がれた恋愛ドラマの黄金律

Real Sound

『silent』©︎フジテレビ

「好きな声だった。好きな声で、好きな言葉を紡ぐ人だった」

 現在放送中の『silent』(フジテレビ系)には言葉に関する言及が頻出する。聴力を失ったかつての恋人との再会を描いた本作は、恋愛ドラマの新しい言語を手繰り寄せる作品だ。

 参考:【写真】手話を使う奈々(夏帆)

 片想いと両想いのスパイラルでできている恋愛ドラマで、言葉は主役そのものだ。文字や表情、思いを託した物や動作など手段は様々だが、好きという気持ちを伝えるもっとも便利なツールが言葉であることは疑いがない。恋愛ドラマで思いを寄せ合う2人の関係を動かすのはいつでも言葉で、観る側の私たちも一つの言葉に一喜一憂して胸を焦がす。だが、残念ながら言葉は万能ではない。どんな言葉も思いを伝えるのに十分ではなく、思いは行間からぽろぽろとこぼれ落ちる。言葉が足りないことで起きるトラブルは恋愛に限られないが、こと恋愛に関して言えば、思いが募るほどありきたりな言葉では満足できなくなる。言葉を重ねるほどに本当に言いたいことから遠ざかるジレンマは、多くの人が経験しているだろう。

 言葉と心のせめぎあいに恋愛ドラマのエッセンスが凝縮されている。恋愛ドラマの名作は例外なく言葉によって思いを伝えること、または言葉で言い表せない思いを物語上で表現することに力点が置かれており、それが秀逸でありきたりではないほど心地よい驚きをともなって広く浸透する。

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 しかし、恋愛ドラマの世界では長らく言語不在の状況が続いてきた。誤解なく言うなら、言葉自体はあっても恋愛ドラマの常套句の範囲を出なかった。使い古された言葉で語られるストーリーと相関図で表される関係性はかつての名作の焼き直しで、いつの間にか現代の恋愛模様にそぐわないものになっていた。その結果が恋愛ドラマ不毛の時代と呼ばれた2010年代で、『大恋愛~僕を忘れる君と』(2018年/TBS系)など例外はあるものの、お仕事ドラマや世相を絡めた社会的な視点を併せ持つ作品をのぞけば、ストレートな恋愛ものが退潮傾向にあることは明らかだった。

 そのことを象徴するのが、フジテレビの月曜21時枠「月9」の変化だ。トレンディドラマで一世を風靡した同局の看板枠は、2010年代に恋愛ドラマの復活を掲げるが結果は芳しくなく、現在は医療や刑事ドラマ、ミステリー、法廷ものなど間口の広い作風にシフトしている。背景に若者の恋愛離れを指摘する声もあるが、恋愛至上主義的な価値観を受け入れづらい世相も影響していると考えられる。

 そんな中で、月9枠の恋愛ドラマで異彩を放ったのが『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(2016年/フジテレビ系/以下『いつ恋』)だった。坂元裕二が脚本を手がけ、フェイバリットに挙げる視聴者も多い同作は、高良健吾と有村架純演じる等身大の若者を主人公に、東日本大震災を経験した社会でどのような恋愛が成立するかを真摯に探究した作品だった。会話劇を本質とする『いつ恋』は、男女間の愛憎劇よりも恋に落ちてから手を取り合うまでの関係性の変化に重点を置く点で一線を画していた。

 『いつ恋』は坂元裕二の作家性に依存する部分も多く、月9枠で直接的な後継作品は出なかったが、繊細な言葉の世界に影響された新しい世代の書き手が登場した。その一人が『silent』で連続ドラマデビューを飾った生方美久である。坂元と同じフジテレビヤングシナリオ大賞の出身者で、もっとも尊敬する脚本家として坂元を挙げる生方の作風は、詩的な断片を織り込んだ会話劇や長台詞の使用などで坂元と共通項が見られるが、それ以上に恋愛劇を関係性の位相で見つめる視点が直接的な影響関係を示している。

 『silent』において聴覚障害は単なるバリアではない。聞こえない状況が生み出すのは視覚と聴覚の分離だが、それは届くはずの言葉が届かないという言葉の不在をもたらす。第8話で想(目黒蓮)が紬(川口春奈)に、声を出さない理由を「自分に聞こえないから、誰にも届かない感じがする。自分で感じ取れないことがすごく怖い」と語ったことは、言葉によるコミュニケーションの断絶を示している。『silent』には先天性難聴者と中途失聴者、聴者のキャラクターが登場するが、各自が恋愛において異なったコミュニケーション状況に置かれることに注意が必要だ。生まれつき耳が聞こえない奈々(夏帆)は想の声を想像するしかなく、想が感じる紬の声は記憶の中にある。音のない世界、聞こえていた世界、聞こえる世界のそれぞれに特有の壁があり、言葉と思いは行き場を失ってさまよう。

 それらの世界をつなぐ手話もただの道具ではない。手話で想と会話する紬を見て、奈々は「プレゼントを使い回された」と感じ、手話サークルに誘った春尾(風間俊介)を「偽善」と罵る。手話が思いを届ける個人的な私信であると強調することは、関係性を築く言葉の機能を重視する一つのあらわれといえる。紬が想と初めて手話で交わす会話は自己紹介から始まった。指の隙間からこぼれ落ちる感情を一つ一つすくい上げることは、言葉が届かないもどかしさの先に手を延ばす試みでもある。『いつ恋』の系譜にある『silent』は、言葉を探す営みにこそ恋愛ドラマの醍醐味があることを教えてくれる。(石河コウヘイ)

 
   

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